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新月女郎

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新月女郎――結



 泊まって行きなんし、と大見世の女将に言われたとはどこに出しても自慢になる話だが、実際に放り込まれたのは布団部屋である。女のおの字もないどころか、居続け文無しと同じ扱いだ。実際女を買って払える銭も無いのだから文句の持って行き所が無いが、申し訳程度に燗冷がついたのがせめてもの救いだろうか。普段であれば周りの部屋からの睦言や振られた自棄のうめき声で賑やかなのだろうが、深夜ともなればさすがに疲れたか諦めがついたか、さしもの大見世も静かなものだ。嫌なものを見たし寝てしまおうと酒を引っ掛け、ごろりと積んである布団に寄りかかる。縁起が悪いと嫌われるが、徳太郎の知ったことではない。
 うつらうつらと寝入った頃合に、ふと耳をすますと、ざり、と音がする。音が響きやすいのが女郎屋の常とはいえ、妙に耳につく音で徳太郎は気になって寝付かれない。部屋の中には行灯もないが、出入り口の障子には廊下の明かりが薄っすらと揺れて見える。出入り口はそこ一つだけで、誰かが通れば障子に影が映るだろう。
 ざり、ざり。
 何の音だ。遊女は上草履だからパタンパタンと音を立てる。若い衆は音の響きやすい部屋に気を遣って廊下では音を立てない。ざり、ざり。そもそも廊下はそんな音を立てるだろうか、あの磨きこまれた大見世の廊下が? ざり、ざり。他に音を立てるようなものは、ああ壁を擦っているのか。

 ――壁?

 全身が総毛立つ。
 弾かれたように飛び起きると、慌てて詰んである布団の間にもぐりこんだ。じっと目を凝らして部屋の中から障子戸を見つめる。廊下には何者の気配もなければ、障子に映る影もない。誰も居ないはずなのに音だけは徐々に近づいてくる。ざり、ざり。
 新月の夜には新月女郎が出るという。半分しか見えないのでお半分様とも呼ばれる。見世の中に出る時は枕を抱えて壁に立っていて、魅入られたものは連れていかれ――すう、と音も無く障子が開く。五寸ほど開いた隙間の向こうに、派手な櫛や簪がゆらゆらと揺れ、よくよく見ると黒々とした島田髷も見える。布団部屋は三方壁で逃げ場など無い。やがて広い富士額が現れ、凛とした眉が覗き、障子戸に白魚のような指がかかる。まるで穴でも伺うような仕草で、女の顔が横から生える。
 世にも美しい女郎の顔は、しかし鼻から下は隠れて見えない。果たしてあの顔の下半分はあるのかないのか、あるいは腰から下はあるのかないのか――隙間風の鳴るような声で、どこからか声が響いた。

「ぬし、ようくおいでなんした」



――了
作品名:新月女郎 作家名:シーナ