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Love Grace

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5.鏡の中のあたしと愛実


 気がつくとあたしは本当に鏡の中にいて、お母さんはパソコン横に置いてある写真立てのあたしの顔を映してパソコンを叩いていた。お母さんは、
「そうねぇ、ここの展開どうする、マナちゃん。ここんところはやっぱパパが叩くぐらいじゃないとダメだわよねぇ……それから主人公をぎゅっと抱きしめて……」
そう言いながらおかあさんは、パソコン音痴とは思えないほど高速でキーボードを操っていく。

何でもコンプリート派のお母さんは、
「キーボードはやっぱブラインドタッチでしょ」
なんてわからないことをほざきながら、あたしが小学生の時、タイピングソフトまで買って練習したのだ。検定試験を受けたことはないけど、たぶんワープロ検定の2級は確実にとれるはずだ。その証拠に、鏡の中のあたしに話しかけながら、いきなりパソコンの画面にどんどんとストーリーを紡いでいく。それにしてもお母さん、愛実と会話してるのかと思ったら、完全に独り言だ。

あたしもそれに対してツッコミを入れられるはずもなく、写真のあたしに併せてバカ笑いしてるしかないんだけど。にしてもさ、何でこんなバカ笑いしてる写真使ってるのかな。もっとかわいく笑ってるのもあるはずなんだけど?……って自分が言うかっ。

そんなことを考えていると、お母さんが急にキーボードを打つのを止めた。
「ゴメンね、マナちゃん。今日はメグちゃんが熱出しちゃって寝込んでるのよ。ちょっと様子見てくるわ」
と言って、二階のあたしの部屋へと上がって行った。
 ああ、お母さんと愛実がどんなことしゃべってるのか聞きたいな、そう思っていると、お母さんが二階に上がる間に、愛実は机の上に置いてあった鏡の角度を変えて自分の顔が写るようにした。ヒュンって擬音がつきそうな勢いで、あたしは一気に二階に上がった。
『へへへ、ありがと愛実。さすがわかってんね』
「しっ、お母さんが来るから黙ってて」
あたしの言葉に、愛実は慌てて口の前に人差し指を立てる。だけど、お母さんはあたしの声なんか聞こえないんじゃないの? あんたがスルーすれば何も問題ないじゃん。
 やがて、お母さんがあたしの部屋のドアを開けた。
「あら、メグちゃん起きてたの。ごめんノックもしないで」
「うん、さっきね。ノックは別にいよ」
愛実の声はちょっとかすれていた。ホントは微妙にあたしよりは高いみたいだから、その方が変だと思われなくて良いかもしれない。それからお母さんは愛実のおでこに手を当てると、
「うーん、まだ熱下がらないわね。夏は風邪引いちゃうと長引くもんね。あ、それから隆ちゃんが少し遅くなるけど来るって言ってたわ」
「隆一が? マ……お母さん断らなかったの?」
隆一が来ると聞いて焦ったのかもしれない、あの子一瞬、あたしが言わないママと言いかけて止めた。でも、それにはお母さん気付いてない様だった。はぁ、何とかセーフだ。
 それにしても、これから隆一が来るの? 普段から話しかけてくるお母さんはともかく、隆一といる時にあたし鏡なんか見てないから、ぼろが出ないといいけどなぁ。

 そのあと、2〜3言愛実と言葉を交わした後お母さんは、階下におりてまたパソコンで仕事を始めた。パソコンの前であのバカ笑いの写真を鏡にかざされた途端、あたしはお母さんの前にまたヒュンと戻る。自分の意思じゃない所で移動させられるのも便利っちゃ便利なんだろうけど、結構辛いな。ホントはあたし、もうちょっと愛実と話したかった。

 しばらくまたお母さんの仕事につきあって、次に気がつくとあたしは自分の部屋にいた。あたしは鏡に映されていない時には強制的に眠らされているようだ。普段の寝不足が……これで解消できる訳でもないだろうし、何よりこんな生活を強いられている愛実がちょっとかわいそうに思った。
  あたしのいる鏡のすぐ横には小さなキティちゃんの丼が置いてあった。頂き物で別にあたしの趣味じゃないんだけど、我が家の他の丼は大き過ぎるので重宝している。ま、大きくてもちょっとだけ入れれば良い話なんだけど、なんかついつい入れ過ぎちゃう気がするんだよね。
 その丼の中にはお粥が少しだけ残っていた。そのすぐ横にはシャケのふりかけの袋もおいてあったから、おそらくそれが愛実の夕食だったんだろう。
 鏡の中から覗き込むような姿勢だった私に気付いて鏡を覗き込んだ愛実にあたしは、
「愛実、辛い?」
と聞いた。愛実は、
「ううん、全然」
と答えた。痩せ我慢なんかしなくていいのに、どう見たってあんた、相当調子悪そうだよ。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。隆一が来たのだ。隆一はしばらくお母さんと会話した後、階段を昇ってあたしの部屋のドアをノックして入ってきた。
「メグミ、ちっとは元気になったか」
隆一はそう言って頷いている愛実の頭を撫でた。そして、おでこを軽くぺちっと叩くと、
「ウソつけ、まだ熱下がってないじゃん」
と言って笑った。
「でも、今朝よりは気分良いよ」
それに対して愛実は、ガチガチに緊張しながらそう返した。ちょっと、そんなんじゃばれちゃうって! あたしはハラハラしたけど、それを今のあたしは注意することができない。うー、ストレス溜まるったら!
「お前やっぱし、かなりきついんだろ。じゃなきゃ、こんなにおとなしい訳ないもんな」
案の定、隆一にそう言われた。ま、入れ替わってるなんて想像もできないだろうから、隆一は風邪のせいだと思ってるみたいだ。
「そんなことないよ」
「夏風邪なんだろ?」
「たぶんね」
愛実はそう言うと隆一から顔を逸らせた。
「じゃぁ、こうすりゃ治るな」
でも、隆一はそう言って顔を背けた愛実のそれをまた自分の方に向けさせて、立て膝でベッドにいる愛実の肩を抱くとキスをした。しかも軽くじゃなく……愛実の眼は完全に見開いて、宙を泳いでいる。あたしたち鏡の前でキスなんてしたことないし、当然コレ、愛実にはファーストキスなんだろうな。あたしはそんなパニクってる愛実が面白くて、ヤキモチを焼く気にはならなかった。
「何すんのよ、隆一!!」
「何って、キス」
唇が離れた後、そう言って隆一をぶっ叩こうとしてくにくに暴れていた愛実に隆一はニッと笑ってそう答えた。普段からあの重たいあんこを練って鍛えてる? んだもん。そうそう抜け出せる訳ないじゃん。
「移るよ、風邪」
「昔から言うじゃん、風邪は移せば治るって」
「ダメだよ、お店休めないし……風邪はもらった人の方が酷くなるんでしょ。これ以上酷くなったら……」
「俺の事心配してくれてんの? 大丈夫だよ、普段から親父たちにこき使われてるから、体力だけには自信あるし、移ったとこで毎日思いっきり修行させられてっから、たまには休息もらってもいいんじゃね?」
「隆一……」
「でもやっぱお前相当辛いんじゃん。辛くなきゃ、あんな言い方しないだろ」
「あ……」
辛さを言い当てられて愛実は、熱で赤い顔をさらに赤くして俯いた。
「だから、そんなしおらしいの変だってば。早く元気になって噛みついてくれないと調子狂うぞ」
隆一はそう言ってそんな愛実の頭をまた優しく撫でて、
「じゃぁ、俺帰るわ。ぐっすり寝て早く元気になれよ」
と言うと手を振ってあたしの部屋を出て行った。
作品名:Love Grace 作家名:神山 備