Love Grace
「愛実……?」
『ねぇ恵実、ママに小説を書くのを止めさせて』
鏡の中のあたし、『愛実』はついに口を開くとこう言った。
「な、何言ってんのよ、書かせてんのはあんたの方でしょ?」
鏡に話しかけられているという、とんでもない状況だってことを忘れて私が睨み返す。
『違うわよ。あたしにそんな力なんてないわ』
「ウソ、お母さんいっつも愛実に話しかけてるじゃない」
『あれはママの独り言だよ。あたしはそれを聞いてるだけ』
「ウソ!」
『ウソじゃないよ。あたしが話せるのは同じ血を持つ恵実だけだもん』
――同じ血を持つ恵実だけ――その言葉にぞくりとして鳥肌が立つ。
『何なら、あたしと交代してみる?』
そして、愛実はニヤリと笑って、とんでもない提案を持ちかけてきた。
『今まで20ん年間もママの娘でいるんでしょ? ちょっと位あたしに貸してくれたって良いじゃん』
ちょっとってどれ位よ。聞いたら最後、あたしの身体を乗っ取っちゃうんじゃないの、愛実!
あたしが露骨に嫌な顔をしたから、それが解かったのかもしれない。すると愛実は、
『ねぇ、3日で良いの、代わって。あたしがその間に書くのを止めるように言うからさ』
って、鏡の中で生きてる私を拝んだ。
『ねぇ、3日で良いの。じゃないとこのままじゃママが……』
「お母さんがどうだっていうのよ!」
『あ、何でもない……』
愛実はさんざん意味深なことを言ったくせに、肝心なことは口ごもった。でも、何となく口に出さなくても解かる。お母さんこのままじゃホントに身体壊してしまいそうだ。
「3日で良いのね、でもホントにそんなことできるの」
そしてあたしが承諾の意思を示すと、愛実はものすごくうれしそうな顔をした。
『ありがとう、代わってくれるんだ! 大丈夫よ、あたしと恵実は元は一つだもん』
バニシングツインの大半は一卵性双生児だと聞く。元は一人のあたし……だからって、このまま入れ替わるつもりはないわよ。
「3日だけよ」
あたしがそう念を押すと、
『解かってるわよ。あたしだってそうそう長いことそっちにいられる自信はないわ』
愛実はそう言って目をつぶり意識を集中させ始め、あたしの意識が遠のいていった。
作品名:Love Grace 作家名:神山 備