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ボンベイサファイア
ボンベイサファイア
novelistID. 18513
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第九回東山文学賞最終選考会(3)

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 一つ目は戦後日本の苦悩を体現する小説家としての顔だ。
 高度経済成長期の終わりからバブル期を挟み、平成不況が続く中で彼の小説は立て続けに発表される。昭和五十九年の処女作「上弦」から始まり、「行脚」「脱皮」「下弦の月」「わすれな草」と高い評価の作品が数年の間隔で続く。
 その作品群は世界観の構成がある程度一貫していて、常に世界と対峙する自分、という構図を持つ。しかし、その相対する世界が数年置きに変遷した為、常に新しい課題に挑むような印象を受ける。
 それ程まで東山群次はよく世界を研究し、世界を表わしていた。
 当時、形は違えど現状容認型の結末及びその反証としての否定的な結論、ないしは結論保留が多い中で、彼の作品は常に答えを求めていた。その姿勢は真摯とさえ形容出来た。
 専門では無いので余り詳しくは無いのだが東山群次は実業家をその父に持つらしく、衣類を扱うその会社は戦後の復興や朝鮮特需の折りに財をなし群次自身は幼少より金に困らなかったと言われる。また、父は群次に家業を継がせるつもりだったのだろう、会社の経営に積極的に関与させていたらしく、その時の体験があの緻密な設定及び社会の洞察に結びついていると言われる。
 都市部で社会的な分業が当然になりつつある状況で、確かに、文学以外の事柄を文学にまとめあげるのは天が与えた才能と呼べるかもしれない。
 「なんか、新人の発掘に熱心だったらしくて。」
 珈琲を啜る音の後に折原君が続ける。
 「もう九回目なんですよね。当初はこんな若手に賞を設けるとは何事だとお偉い先生達が怒ったりしたとか怒鳴ったりしたとかですけど。まぁ、作家としてはテレビ出たりしてて、割と人気ありましたもんね。」
 それが東山群次の二つ目の顔、タレントとしての顔だった。
 タレントと言っても芸人のような露出をしていたわけではなく、報道番組のコメンテーターのような役回りをそつなくこなしていただけだったが、その清潔感あふれる外面と鋭さのある意見とが相まって無教養を嫌悪するような性質の人達に特に好まれた。しかし、無教養を非難する人が必ずしも教養があるとは限らない。結果として、小説を文学としては読めないような人たちにも彼の愛好家が増えて行った。
 故に、純粋に文学を志している人の中には彼を快く思っていない人も多い。
 「彼が新人発掘、ね。」
 何気なく呟くと、折原君が反応した。
 「知ってそうな言い方ですね。」
 さすが、一緒に仕事をした時期があると通じ合える物が違う。
 「うん。」
 冊子を捲る。そこに印刷されている最終選考員の名前を一つ一つ目で追ってはその代表作と内容、それから僕なりの評価を思い浮かべる。
 「一度だけ、お会いした事がある。」
 あれは確か、何かの出版パーティーにたまたま呼ばれた時の事だった。
 文学部助教授の肩書きで呼ばれた為、社交辞令の合間に幾人かと文学論をしたのを覚えている。東山群次もその中の一人だった。
 単純に自分の作品の長所を主張し、それを文学論とするだけの作家が多い中で、東山先生は割と客観的な見解を述べていたので興味を引かれたのだ。しかしそこはパーティーの場所、興味深い話に発展する間もなく別れてしまった。
 それから二次会になり、そろそろ帰ろうか、と思っていた所へ、彼の方から僕に近付いてきた。
 そして、パーティーの最中はお互い満足の行く所まで話せなかったと思う、今、ここでだったらどうだろう、と、話の続きを切り出して来たのだ。
 それから執筆動機と技法との関連について、いくつかの意見を交換しあった。確かに、素面とは言えない状況で理論の精度は落ちたが、それでも普段の会話に比べたら非常に得るものの多い会話だった。
 「そうですか。」
 再び、折原君が珈琲に目を落とす。
 彼はいつも目を大きく見開いていて、充血するのだろうか、若干血走っている。だから何を見ているのかその様子から推し量るのが難しい。
 僕は聞いた。
 「折原君は?」
 彼が首をゆっくり左右に振る。
 「担当じゃなかったんですよ。姿見たことはありますけど。先輩から噂ばっかりで。」
 僕がその東山群次と二次会で意見交換をした時、終わり間際に、何を思ったか彼自身が執筆の動機、と言うか、彼自身の心情として、いくつかの凶行を白状したのだ。
 曰く、自分の子供を縛りあげ吊るし、その前で妻と性行為をしながらその妻にスプーンで子供に食べ物を与えさせた、曰く、将来有望な作家志望の学生をその作品を徹底的に非難する事で彼自身の人格も否定し、結果自殺に追いやった。曰く、 、、、、
 その話を聞いてから暫くは、それを鵜呑みにしている自分がいたし、また、虚言を聞かされたと思ってる自分もいた。だからその事柄に絡めて物事を考える場合はその両方を前提とした。
 それから月日が流れ、噂などが耳に入り、今では事実を述べたのだろう、と思っている。
 「いい噂も悪い噂も?」
 「いや、ほとんど悪い噂ですね。」
 「なるほど。」
 「まぁ、故人悪く言うつもりも無いですけどね。」
 享年、三十六歳。その活動の行く末が注目されていただけに、交通事故による突然の訃報は文字通り多くの人間が驚き、そして悲しんだ。彼の突然の死をもって近代日本文学の終焉と銘打った特集もいくつか見受けられた程だった。
 そうして彼は皆の記憶の中で実在の人物から語られる人物へと昇華されて行った。
 「それで、僕は何をすればいいのかな?」
 「その、最終選考員をお願いしたいんですよ。」
 カップを置きながら、彼が静かに言う。
 「名前が無いが?」
 「内山先生、そこに名前あるでしょ?あの人、今ちょっと表に出られないんですよ。それで。」
 目を冊子に落とす。確かに内山片目の名前がある。代表作は「百合の花、麻の袋」、内容は麻薬中毒患者が少女の純愛によって立ち直っていく物語で、恣意的な少数の単語による原型に近い感情の表現、と評したような記憶がある。
 「それで、僕が代わりに?」
 「先生なら文学論も明るいでしょ?いろんな視点から新人を発掘するっていう、この文学賞の趣旨にも合うだろうって事で。」
 「なるほど。」
 少し、考えた。
 執筆の動機と技法の関連について東山群次が述べた非常に興味深い見解は、作家は自分の知っている単語からしか文章を書けないのだから、汚い生き方をしている人間は汚い言葉を覚えそれを使い汚い技法になるだろうし、高貴な生き方をしている人間は尊い言葉を覚えそれを使い清い技法になるだろう、という事だった。
 ならば、彼は自分が書いた物語に自分の言葉を見つけ、そこから自分の人生を映し出したのだろうか。
 一応事故と表現される彼の今際には不審な点が多いとも聞く。
 「すぐ返事した方がいいのかな。」
 「早い方が助かりますね。まぁ、でも先生が決める事ですから。」
 冊子を机に戻し彼を見た。彼も、また僕を見ていた。
 「やるのは構わないんだけれども、知り合いがこの賞に応募してるらしくてね。そういうの、不正とかにはならないのかな?」