夢と現の境にて
―――弐, 憂いの夢
あいつの宿題を取りに職員室を訪れた俺を、先生は意外そうな顔で見た。
「…お前、狭霧と仲よかったのか、いやー知らなかったな」
「はぁ」
デスクの上を片付けながら嬉しそうな声を上げる先生から目を逸らす。仲がいいといわれても、先ほどやっと話した仲なんだが。
お、あったあったとお目当てのものを見つけたのか先生が俺にそれを手渡す。
「あいつ身体が弱くてな…、なんでも小学生の時からあまり学校には来れてないらしい。なのに成績優秀でな、きっと家で色々と努力してるんだな。」
宿題を手に取った俺はその言葉にどう返してよいか分からず、失礼しますと言い残し職員室を後にした。
どうやら夢を見るにもそれなりのリスクがあるらしい。
それも当たり前か。長い廊下を保健室に向けて歩き出しながら思う。人にとって夢は、ただの夢だ。現実には起こりえない空想の世界。偶に夢で見た出来事が起こっただなんて聞くが、そんなの100%当たるとは限らない。のに、あいつの話には神妙性があるにしろ、なぜだか嘘だとは思えないのだ。
実際のところ助けられてしまっている。真実じゃなかったとしても手助けすることを承諾してもらえればそれを確かめることだってできる。
…と、考えていても実のところ、もう殆どといっていいほどあの話を信じてしまっていた。自分でも不思議に思っている。迷信や幽霊等の信憑性のない話を全く信じない自分が、まさか予知夢は信じるなんて。
辿り着いた保健室の扉を開けると涼しい風が舞い込んできた。先生はまだ帰ってきていない。一体何してんだと呆れながら部屋とベットを仕切るカーテンを開けると狭霧が寝ていた。余程疲れていたのだろう、掛け布団もかけず座った状態から倒れて寝たようだった。足を持ち上げベットの中へとしまい上から布団をかけると不意に、あることに気づいた。
(泣いて、たのか)
狭霧の頬には涙の流れた跡が残っていた。幾筋も流れたであろうその涙は、果たしてなんのために流したものなのだろうか。顔にかかる相手の前髪を優しく手で梳きながら邪魔にならない程度にベットに座り込んだ。冷房の音と狭霧の浅く寝息を立てる音以外、保健室はシン―と静まり返っていた。
今も、こいつは夢を見ているのだろうか。
横目で眠る狭霧を見る。色白すぎる肌、切りそろえられていない少し長めの黒髪、高校生とは思えない華奢な体つき、どう見てもただの少年だ。まぁ、傍からみればかなりの引きこもりにも見える。しかも病気なんじゃないかと思う程のこの弱さ。こんな奴に神様はとんでもないものをよこしたもんだと、俺は壁から天井へと視線を泳がせた。
これは、同情、なのだろうか
俺は思った。これは、この感情はなんなのだろうかと。
こいつが可哀想だったからか、心配だったからか、興味があったからか、それともただ助けられたがための恩返しか?
どれも否定できない事実だ。
最初はそうだったとも言える。こいつを目撃したのだって人情としての当たり前のことをしようとして、だったのかもしれない。だが、今はどうだろう。
どうして俺はこいつに協力しようと思ったのか、なぜここに座ってこいつが目覚めるのを待っているのか。
――――だが、そんなこともう決まっているのでは、ないだろうか