夢と現の境にて
そんな俺を見て何を察したのか、間宮は俺の腕を抱え殆ど身体を支えた状態で歩きだした。俺は意味が分からず声を上げると「保健室」と一言簡単に言いくるめられてしまった。傍から見ても俺の具合はそうよく見えないらしい。諦めるとどっと疲れが押し寄せてきた。唯でさえ暑さと寝不足で体調不良だというのに、それにまた夢を見て、無理に身体を動かした。いつ倒れてもおかしくないだろう。
保健室は冷房が利いていて云わば寒いくらいだった。ばあさまの家では殆ど扇風機か自然の風の中で過ごしているので俺には少し体調に悪い。
間宮はきょろきょろと先生を探すような素振りをした後、俺をベットへと運んだ。直ぐにカーテンを仕切り座り込む。そしてさっきの問いを繰り返し聞いてきた。
どうにもこうにも答えようが無い。
俺には黙っているか、真実を伝えるかの二通りしかなかった。なぜなら、ばあさまに言い逃れや嘘をするなと厳しく言われているからだった。だから、些細な行動で俺がこんな夢を見ることがバレないように注意することも忘れなかった。
勿論俺だって注意していた、はずだった。が、こんな突拍子も無く起こる夢と現実に対処しようもなく、こんな現状に至ってしまった。俺は抵抗するかのように間宮に背中を向けた。諦めて帰ってくれと願う俺の考えも虚しく、間宮にベットに張り付かされ視線を合わされる。駄目だ、逃げられない。
重たい沈黙。どうしよう、あまり人に話したくはないのに。
一番最初にばあさまに夢の事を話したことを思い出す。あの時は辛いものだった。まるで自分が異端者の様に見られ、二度とそんなこと言うなとまで言われた。小学生の時に夢について友達に相談したときも大変だった。どんなものを見るのだとか、死んだ人の夢とか見たりするのかなど質問攻めをしたら、おかしな目で見られた。ああ、これはいけないことなのか、自分は他人と違うんだ、と気づいたのは随分早いと今でも思っている。だからなんとか虐められることはなかったが、あるときを境に、そんな夢をよく見るようになってからは学校に行く事は少なくなった。
こいつは信じるだろうか、バラさないでいてくれるだろうか。
不意に相手の眼を見る。一心に見つめるその目に、ふざけているようにも唯の興味心ともいえるようなものは見えない。知りたい、とだけ言ってるように、俺は見えた。
自然に唇が動く。震えて、そして大きな声も出せなく掠れていた。
そして喋ってしまった。分かりやすいように、正夢を信じるか、と。
実際のところこれは正夢とは言わないような気がする。というよりも、こんなものが正夢だなんて信じたくないだけなのかも知れない。
はっきり言えば、予知夢、というものだろう。人の死を予知する夢。殆どが俺の夢の中で一回死んでしまうのだが、阻止できるのならああ、悪い夢だった、で終わるのだ。誰かを助けられるなら何度だって見てやると、意気込むようになってから、いつの間にかこれは謂わば自分の使命だと感じられるようになっていた。
と、俺の話を聞いていた間宮がふーんっといった、妙に信じ難い感じで喋り出した
それは、俺の中の決意や何かを逆撫でするような許すまじき言葉だった。
込み上げる怒りを抑えることができず、目の前にいる男を睨みつける。
思ったことを我慢せずにそのままぶつけた。今ではもうなんといっていたのか思い出せない。そのぐらいの勢いで捲くし立てていた。それでも、なんとなく酷いことを言ったという記憶はあった。だが、その後間宮は、見たことがないくらいに優しく…笑ったのだ。
何処に笑う要素があったのだ、何かおかしいことでも言ったのだろうか、と自分が言った言葉をどうにか思い出そうか否か混乱していると間宮は俺の頭を突然掴んで掻き回した。余計に訳が分からない、と困惑しているともしや人に言うのではないのかと疑った。急いでバラすなと訴えると、俺の方を不思議に見た後また先ほどの笑みを向けられる。
いったいなんなんだ、となぜかそれ以上言葉が告げられない俺に、間宮はなにか思いついたように目を見開くと、「なぁ」と話しかけてきた。「な、何」とおどける俺に手伝わせてくれ、と頼みこむ。
手伝う?…何を
俺の意中を察した様に間宮は、勿論お前の夢の事だ、と言われた。訳が分からず呆然としていると、簡単なことだけどな、と腕を組んで説明し出した。
内容は主にこんなことだった。
休みがちな俺のためにプリントやら学校の提出物など届けたりしてくれる、夢で見たことでなにか協力できるような事をする、具合が悪いときは面倒みる、ということだった。俺としてはどれも有難い事だったが最後のは流石に余計だ。いつもこんなに弱っていると思われたら堪らない。
関わらなくていい、バラさないでいれくれればいいと素っ気無く返すと「じゃあバラす」と間宮は背を向けて仕切っていたカーテンを開けて立ち去ろうとする。それは困る!と呼び止めると、じゃ、いいよなと再度の確認。そんなの、簡単に承諾できるわけがない、少なくとも俺の家に来ることがあるということだ、ばあさまにバレたらとんでもないことになる。俺が言いよどんでいると、間宮がまた口を開いた。
「絶対、他人に言ったりしねぇよ」
静かな声だった。ここまで真剣に言われた事がないので戸惑う。
はたして自分はこいつを信じていいものかとまだ悩んでいると、間宮は考えといてと話を先延ばしにしてくれた。ホッと息をつくと、そういえば宿題を取りにいってないなと思い出す。ここについてから大分時間が経過している。休んでから行っては遅いだろう。
俺が立ち上がると間宮は「帰るのか」と少し不機嫌そうな声で尋ねてきた。何をそんな気にしているのかと思うと同時に足元がふら付いた。前のめりに倒れそうになるところを間宮に抱えられる。「大丈夫か」そう尋ねる声は先ほどよりも低い。なんでだ、俺なんかしたか?返事もせず頭に渦巻いた疑問について考えていると又ベットに座らされた。「まだ休んでけ」といわれれば素直に頷くしかない。こんな思い通りに動かない身体では当分帰れそうにも無い。
「…急いでるのか」
呆れたような溜息をついて言う間宮に、宿題をとりにいってないと告げると「先生のとこか」と呟いた後、俺を残して保健室を出て行ってしまった。
まさか、取りに行ったのか?
我が目を疑う光景だ。あんな無愛想な奴が自分のために働いてるとなるとなんだか不思議な気分になる。後ろでにベットへと倒れこむ。するとまた思い出したように疲れが押し寄せた。おかしな一日だ。まさかこれも夢なんじゃないかと自分の頬を抓ってみた。
痛い。ちゃんと、痛みがある。
夢じゃなくても、こんな有り得ないことは起きるんだな。
もしかしたら本当はまだからかわれているだけかもしれない、嘘をつかれているのかもしれない。だけど、本当はそんな事はどうだってよかった。
自分は安堵しているのだ。安心しているのだ。
肩の荷が随分と下りたといってもいい。
誰かに打ち上げることで、この埋め尽くされそうな気持ちや心を少しでも解放したかったんだ。そんなこと今まで意識なんかしてなかったけれど