むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編序
丸山花世は気の狂った三文役者のことを、汚物を見るような目で見ている。
「自分の悲惨さをアピールするときは、ネガティブなキーワードは使わない。オタクは心がガラスみたいにナイーブだからさ。『子供の頃いじめられました』とか『みんなに嫌われてました』みたいな表現はNGなのよ。『いじめられました』ってオレが著作の中で語っても、連中は共感しないわけよ。『香田哲はいじめられたかもしれないけど、俺のはいじめではなかった』とか、『香田哲は嫌われていたかもしれないけれどオレは違う』とか、あいつら、勝手に都合よく自分の過去とか記憶を書き換えやがるからさ」
「……」
丸山花世はアネキ分のほうを見やった。店の女主人は知らん顔で片づけを始めている。そろそろ店じまい、であろう。
「何度も言うけど、プライドばっかり高いからさ。オタクは。だから、『いじめられてました』とか『嫌われていた』みたいな、そいつに一ミリでも落ち度があったかもしれないみたいな表現は使わないのよ」
それにしても。オタクだっていろいろいるだろうに。女性に好かれるオタクだっているし、そうでない奴もいる。オタクをひとくくりにして馬鹿呼ばわりするのは、それはぞんざいに過ぎるのではないのか。丸山花世はそのようなことを思っている。
「いじめられていたけれど、認めたくない。認めない。まごうことなき百パーセントのいじめられっ子のダニ野郎だっていうのに。厄介なもんだぜ、プライドって奴は」
屑野郎はにやにや笑っている。
「ふーん。でもさ、あんた、『いじめられてた』って表現しないで、実態をどう表現すんのよ」
少女は尋ね、男はこたえる。
「つまり……『いじめられていた』だったら『迫害されていた』とか。『嫌われていた』だったら『周囲の無理解』。そうやって、自分に落ち度はまったくなく、全て、外、自分以外の誰かに原因があったって、そういう表現を使うんだよ。『自分は被害者。自分は悪くない』それどころかむしろ『自分は高貴で優秀な人間だ』ってな。『高貴ゆえに迫害される!』そうすれば、オタクは『ああ、香田さまは僕ちゃんとまったく同じ環境で育ったんだ、つらいのは僕ちゃんだけじゃなかったんだ! 僕ちゃんは高貴だから迫害されていたんだ!』ってそう思ってくれるわけよ。アホだよな。淋しいのはてめーだけなのに」
「……」
作品名:むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編序 作家名:黄支亮