革命
「ほ、ほ、ほ! 気でも触れたの? 私があなたを愛する理由がどこにあって?」
「僕があなたを愛するからです」
「いいこと? 私は娼婦なのよ。私を買う男は皆私を愛すわ」
「束の間です。僕の愛は永遠です」
「永遠なんてありはしないわ」
そう、永遠などないのだ。今は大輪の薔薇を思わせるビオレッタも、そう遠くはない未来に美しさを保てなくなるだろう。老いは誰にも平等でやってくる。貴族にも平民にも娼婦にも。そうなった時、ビオレッタは自分がどうなるのか分からなかった。誰か若く美しい娼婦の後見人にでもなって、端した金を手に入れるのかもしれない。
「天の神は人間に永遠をお与えです」
「アルノー、アルノー。あなたは分かってないわ。私達のような女をね、神はお許しにはならない。私達は教会でお葬式すらあげてはもらえないのよ。美しい間にどんなに栄華を極めたとしても、それは変わらなくってよ」
「それが間違いだというのです」
アルノーは静かに小さく首を振ると、ビオレッタの前へと歩みを進めた。
「ビオレッタ、貧しさから身を売る事は果たして悪でしょうか?」
「……悪よ。ひと切れのパンを手に入れる為に身を売るなんて言う事は、浅ましいことだわ」
「違います、ビオレッタ」
アルノーは今度は教え子に諭すように言葉を繰る。たったの数時間の間に、いくつもの顔を見せるアルノーという青年に、いつの間にかビオレッタは目を奪われつつあった。
「神は命を大切にせよと教えられる。ならば命の為のやむを得ない行為の何が罪に問われましょう。パンの為に身を売ったのは、生を望んだ末の立派な行いです。恥じる事ですらありません。罪に問われるべきは、そんな少女を生み出したこの国そのものではありませんか」
「だから革命が必要だと?」
ビオレッタは何も赦しが欲しいわけではなかった。ただ未来が見えないだけなのだ。もうずっと、小さな頃から。
「崇高な魂が傷つくことのないように」
アルノーはそう言うと、ビオレッタの前に跪いた。ビオレッタはそれを上からそっと見下ろすと、ずっと心の奥底で蟠っていた何かを吐き出すように、そっと露した。
「アルノー、あなたは考え違いをしているわ。確かに最初は生きるためだった。でも今の私はどう? 贅沢のために、あるいは取るに足らないプライドのために体を売っているのよ」
「けれどあなたはそれに罪悪感を覚えている。だからそんな風に僕に言うのです。罪の意識を抱きながら体を赦すあなたは女神だ。聖母なのです。だから僕は空を見ていたのです、そこに神がいるからです」
ビオレッタはアルノーという男が分からなくなった。これは本心だろうか、それとも革命に自分を引き摺りこむ為の策略だろうか? 少しだけ思考を巡らしたが、やがてビオレッタはそれをやめた。≪どちらでも良い。この男はただの坊ちゃんでは無い。一人の知恵のある男なのだ≫そう答えを出すと、ほうっと少しだけ長く息を吐いた。
「お手を頂けますか?」
「どうぞ」
ビオレッタの白く細い手を恭しく取ると、アルノーはそこに口づけをした。アルノーの唇の触れた手の甲から、全身に熱が渡っていくような心地にビオレッタはそっと目を閉じた。