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べんち3

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 ぽんぽんと、さらに膝を叩いたら、女性は、やはり、鳴く。まるで、愛しい相手であるように、その手で、相方の額を撫でた。
「にぃぃぃーー」
「今のとこは手助けしてほしいから、人型やねん。そのうち、俺の具合がようなったら、雪豹タイプに変えるつもりや。AI知能にしたから、もっと、タマらしくなっていくやろう。」
「ロボット? 」
「うーん、正確には、アンドロイドに近いかなあ。極楽の場所はわからへんし、それやったら、タマを呼び戻したほうが手っ取り早いかと思いついたんよ。」
 そして、思いついたのは、あの後半の三年だった。本来、二ヶ月に一度、起きる予定だったが、物資や燃料の備蓄状態から、半年に一度しか起きなかった。だから、その一週間で、仕事をして、空いた時間を、プログラムに費やしたのだと言う。上司から、そう説明されて、ほとほと呆れた。
「バカだろう? おまえ。」
「もう、それ言われすぎて耳にタコやから。」
「そういうことは説明しろよ。」
「別に調整する必要はないやろ? 俺のほうで、片はついたんやから。」
「で、寝込んでるって意味がないよっっ。」
「そうでもないで。元気やったら、ゆっくりさせてもらえへんからなあ。しばらく、こうやってのんびり、タマと過ごすから、おまえ、暇やったら遊びに来いよ。」
 あーあかん酸欠、と、相方はえふえふと胸を抑えた。途端に、タマは「にぃぃー」と悲しそうに鳴く。慌てて俺が駆け寄ったら、「シャアー」 と、威嚇の声をあげて、相方を庇うように身体を前に傾けた。
「きみは知らない人に該当しているみたいだから下がりなさい。タマ、病室に連れて行くぞ。」
 上司が手を出して、横に置いてあった車椅子を引き寄せると、女性は、「にぅー」と鳴いて、警戒を解く。
「せっかく出来た年若い友人を、タマのメモリーに入れ忘れてるぞ、おまえ。」
「そんなこと言うたかって、おまえらが機材を取り上げたんやんけ。返せよ。」
「もうちょい、具合がよくなったらな。」
「あんまり意地悪してると、昔、付き合ってた女のことを奥さんにバラすで、俺。」
「今更、そんなことで驚くかよっっ。もう喋るな。」
「昔、付き合ってた男のこともバラすで。」
「それ、いないから。」
「俺、おまえと同じベッドで朝を迎えてたけど? 」
「それ、小学生の頃の話だろっっ。いいから、大人しくしろっっ。」
 やっぱり、こいつは、いろいろと喋るのが好きらしい。だが、強引に、車椅子に乗せられて、タマに連れ戻されていくのを目にして、ふと、違和感を感じた。
「どうかしたのか? 」
 上司が立ち止まっている俺に声をかけた。
「いや、『年若い友人』って・・・」
「ああ、きみは、あいつのパーソナルデータの確認をしなかったのか。あのバカは、私の幼馴染なんだよ。ああ、見えても、きみより二十年ほど長生きしている。」
「え? 」
「ウラシマ効果の影響で、私より若くは見えるだろうけどね。というか、また八年ほど、私だけ年老いた感じだ。今回の計画の前にも、あのバカは、ロングドライブ(長距離飛行)をしているんだ。だから、きみより年齢的に若くは見える。まあ、これで、しばらくは大人しくしているだろう。すまないが、付き合ってやってくれ。この調子だと私は、あのバカには付き合いきれないだろうから。」
「今度が初飛行だと、私は伺っていましたが? 」
「・・極秘のプロジェクトなるものが、二十年前にあったんだ。その時も、あのバカは志願して、十年もして戻ってきた。・・・・今回で、五度目だが・・・生還者は、あのバカだけだ・・・」
「十年? じゃあ・・・もっと遠くへ・・・」
「いいや、海王星までだったが、現在よりエンジンの性能が悪かったのでね。」
 確かに、宇宙へ出てしまうと、ウラシマ効果で、地上に居る人間よりも年は取らない。今回のことでもわかるように、体感年数というのは二年ぐらいのことだが、地上ではきっちりと時間が八年過ぎている。だから、航宙士でも、ロングドライブを何度かしている人間は、地上の同期よりも若くなってしまうのだ。上司は、少し遠い目をした。二十年前なら、まだ、資格も取っていない頃だ。確かに資格があるといっても、古すぎて忘れていることだろう。
「友だちがいないわけじゃないんですね。」
「いることはいるんだが・・・こうなるんだよ。」
 上司は、少し白髪の混じった頭を、自分で掻いていた。引き篭もりではなくて、時間が合わなくなって孤独になったが正解なのだろう。相方は、どう見ても、俺より若かった。冷凍睡眠装置なるもので、それだけの時間を止めてしまったらしい。



「『陽だまりとベンチと年を取らないタマがいればいい。』になったわけだ。」
 上司が、先に帰り、俺だけが病室に入った。別に、横になっていれば収まるらしく、しばらくして、相方は、「やれやれ。」 と、溜息をついた。
「まあ、そういうとこやなあ。」
「年上なら年上って言えよ。」
「普通、一緒に仕事する人間のパーソナルデータぐらいチェックするやろ? 」
「いちいち、チェックしなくても、相手から聞くよ。」
「聞かへんかったやないか。」
「前回はひとりか? 」
「・・うん・・・さすがに、誰か連れて行くっちゅーのは気が引けてな。うまいこと帰れるか自信なかったから。・・・でも、びっくりやで。いきなり、俺のツレが、みんな、年上に早変わりやねんからなあ。」
「俺もびっくりした。・・・帰って、彼女に連絡したらさ。子供が幼稚園なんだって、言われた。」
「・・・すまんなあ・・・せやから、ひとりでええっちゅーたんやけどな。あいつら、エラなりやがったから、余計なことしやがったんや。」
 たぶん、前回は、ひとりで、その孤独に耐えた。自分だけが離れてしまった時間は取り戻せないのだと理解したのだろう。「ひとりでいい。」、というのは、誰かに同じことを感じさせたくなかったからだ。それぐらい辛かったということだとも思う。
「別にいいさ。ロングドライブをやれるなんて、滅多にないことだからな。また、今度があるなら、俺を指名すればいい。」
「え? 」
「たぶん、おまえのツレは、おまえが孤独になることを心配してんだよ。」
「わかっとるけどな。・・・結構、辛いやろ? 」
「いや、俺たちは、仕事で宇宙にいることが多いから。ある意味、慣れてるんだ。」
「ほな、次があったら頼むわ。しばらくは無理や。」
「寝てろ。それから、タマに俺のことを教えてくれ。なんか警戒されまくってて悲しいぞ。」
 綺麗な女性にしか見えないが、実は、ロボットだ。だから、記憶されていない人間である俺に対して、タマは威嚇する。今もベッドには近寄ることができない状態だ。銀髪の綺麗な女性だった。誰がモデルなんだろうと思ったら、たまたま、製作途中のものがあったから、それにプログラムを入れただけらしい。猫だから、表情が、あまり動かない。ただ、鳴き声には感情が在る。
「なんとかしとくわ。あいつらから機材を奪還しとかんとなあ。・・・俺、タマだけでええって思ったんやけど・・・おまえがおってくれて嬉しいわ。おおきに。」
 顔は窓に向けたまま、相方だったヤツは、そう言った。
「俺のほうこそ、ありがとう。『上を向いて行こう』なんだろ? 」
作品名:べんち3 作家名:篠義