ちょっと怖い小咄【一幕】
小咄其の七 『悪魔のノート』
「新世界の王に、俺はなる!」
ドドーン・・・・
唐突に、八神半平太君は少しチャンポンな台詞を吐いた。
高校からの帰り道。何げなく拾った黒いノートは明らかに異世界から来たアレ…
「悪魔のノート」だったのである。
学校では名前を書くのだけは上手いと言われる八神君。極々平凡でコンプレックス
だけは人一倍ある彼のこと、今まで苛められてきた奴、気に入らない奴の顔はすぐ
に浮かび、それらの名前を書こうとノートを開くのにはなんの躊躇もなかった。
「おー、これが名前を書けばどんな奴でも呪い殺せるという! 早速使って… あ、
あれ?」
高2でも中2病な彼の邪悪な喜びは一瞬でぬか喜びに変わった。
中のページは、全部破り捨てられていたのである。
八神君はへなへなとその場に座り込んだ。
「そうだよなあ、あれば皆使うだろうし」
荒んだ時代になったものである。
「ん? こ、これは」
あきらめてノートを閉じようとした時、彼は中を睨みつけた。
「あった~~~!!!」
そう、破り取られたページの隅に、2~3ミリ角の紙の切れ端が残っていたのであ
る。
「こ、これになんとか名前を書けば…あ、でも」
一度名前を書こうと思い描いた人数は軽く二桁はいる。それどころかこの紙切れで
は一文字でも見えるかどうかだ。これに人名を書き込むなぞ至難の技。 まして複
数名を選ぶなど、政府の仕分け作業より困難な作業であろう。
「・・・・・・・よ~~~~っっし!」
悩んだあげく、八神半平太は一念発起した。 次の日から書道、ボールペン習字、
彫刻を学び、米粒に文字を書き込む練習を繰り返した。
気が遠くなるような反復の日々が過ぎた後。
一人の聖者にして求道者が誕生した。
ナノ単位で加工された超極細のペンを使い、八神君は一粒の米の上に般若心経を書
き込めるまでになったのである。
しかし、書き込んだものがまずかった。達観を通り越し悟りを開いちゃった彼には
もはや殺意も欲望もなく、その神業を崇拝し、教えを乞おうとする者さえ現れた。
彼は間違いなく一つの世界の王となったのである。
・・・おしまい(ちなみにノートは悪魔さんが回収済み)。
作品名:ちょっと怖い小咄【一幕】 作家名:JIN