DIVISION GRAFFITI -境界の落書-
「――――あ・そうか。おぬしにはまだ紹介しておらんかったか。えっとだな、こやつがわしの相棒の・・・・・・」青年は羽織っていた旅服仕様のマントをめくると、下からフワフワした白い小型犬を出した。
手足が短く目がくりくりしていて、まだ子犬――――といったところだろうか。
短い耳と、くるりと丸まった小さな尻尾がパタパタ揺れる。とにかくかわいい。コロコロしてる。
「寒いときとかに『こやつ』をマントの中に入れとくと温かくてな。お互いにホカホカで・・・・・・―――――触るか?」
メイがものすごい勢いで詰め寄りながら、首を縦に振った。このピンク色の肉球がたまらない。
抱っこしても大人しくしている。できる事ならずっとこうしていたい!
――――こやつ、かなりの犬バカだったか。
「あなた、犬好きなの!?」
「え、ああ。まぁな。可愛いよな、犬」
「よねぇ、私も犬って大好き! ちょっとだけ・・・・・・元気出たわ」メイは顔をほころばせてフラを撫でた。フラの方も、メイの事を気に入ったようだ。
青年はそれを見ると微笑んで、――――・・・・・・一瞬だけ顔を曇らせた。本当に、一瞬の間だけ。
――――また一人、わしより先に逝きおったか。
「そういえば、あなた名前は?」
その言葉で、青年は現実に引き戻された。メイが興味津津な顔で、こっちを見ている。
「名前教えてよ! 犬好きに悪い人はいないって相場は決まってんだから。ここで会ったのもきっと、何かの縁だし」
「・・・・・・まん」
「え?」風の音でかき消されて、よく聞こえなかった。「今なんて?」
「すまん、教えられない」青年は重たそうな口を開いて、ぼそぼそと言った。「――――教えたくないのだ。すまん」
そう言うと青年は服についた芝を叩(はた)きながら立ち上がった。澄んだ真っ黒な目で、メイを見て笑う。
でもその目はメイを見ていなかった。メイの中のソメナを見て、悲しそうに笑っていた。
――――この人は本当に、お母さんのことを大事に思っていでくれてたんだ。
青年はメイに向かって、あの時と同じように手を差し伸べた。
「帰ろう、家までおくるから」
作品名:DIVISION GRAFFITI -境界の落書- 作家名:春 ゆみ