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ドール ノーカット差分

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美由紀が俺の顔を覗き込んでくる。
「ああ、何でもない」
俺の訳のわからない推測を伝えても彼女を混乱させるだけだろうから俺は黙っておくことにした。
「とりあえず精神科の先生に視てもらうことにするわ」
「おいおいそこまでしなくたって……」
「ダメよ、今のうちに視てもらわなきゃ。後になってから後悔したんじゃ遅いんだから」
やはり子供のこととなると母は強い。
有無を言わさない口調の彼女に結局いつも俺は従うことになるのだ。

翌日雄介は会社へ安奈は友達の家へ遊びに行き家には賢治と美由紀の二人が残っていた。
美由紀はリビングで二人分の昼食を作っている。
鼻歌を歌いながら食器棚から二つ皿を取り出す。
フライパンで炒めていたベーコンを皿に乗せたその時二階から賢治の助けを求める声が聞こえてきた。
「賢治!」
美由紀はあわてて二階へと向かった。

賢治の目の前で押し入れが独りでに開いた。
闇の奥から冷酷な瞳が除く。
「ひっ……」
賢治は思わず尻もちをついてしまう。
そんな賢治を嘲笑いながらあの少年が押し入れの中から姿を現す。
「やあ賢治君」
少年が不気味な微笑を浮かべながら近づいてくる。
その手には包丁が握られている。
その刃がギラリと光る。
「君は……誰?」
恐る恐る賢治は尋ねる。
その少年の正体を。
「僕が誰かなんて君が知る必要はない」
少年が強い口調で言った。
「君はただ死ねばいいんだよ」
少年は歪んだ笑みを浮かべながらじりじりと歩み寄る。
「どうして……どうして君は僕にひどいことばかりするの?」
尻もちをついたまま後ずさりながら賢治は疑問を口にする。
なぜ自分が狙われるのか。
「なら逆に訊くよ、人が死ぬのにいちいち理由がいるかい?」
「え……?」
「人が死ぬのに理由なんかいらないんだよ。ただ運命が気まぐれに生贄を選ぶ、だから僕は君を選んだそれだけのことだ」
早く逃げなければ……。
賢治の視線が廊下に向かう。
賢治は弾かれた様に立ち上がると廊下目がけてかけ出した。
少年はそんな彼を嘲笑う。
賢治の目の前でドアが独りでに閉じた。
何度引いても開かない。
「ママ!ママ!助けて!」
何度もドアを叩く。
背後に邪悪な気配を感じ賢治は振り返った。
少年が今にも包丁を振り下ろそうとしていた。

美由紀が部屋に入ると賢治が血を流して倒れていた。
あわてて駆け寄る。
「賢治!しっかりして!」
呼びかけるが返事はない。
それもそうだ。
賢治は首や腹を何度も刺されそこから大量の血液が体外に流れ出しているのだから。
早く止血しないと……。
美由紀は一階に救急キットがあるのを思い出し一階へと向かった。
階段を下りた直後足に鋭い痛みを感じた。
それがなんの痛みなのか理解する間もなくバランスを崩し転倒した。
一体何で……?
痛みを感じた方向に目を向け美由紀は戦慄した。
ピーター人形が血で濡れた包丁を持って立っていた。
まさかあの人形が……?
すぐにその答えは出た。
ピーター人形が人形特有のかくかくとした動きで美由紀に迫ってくる。
美由紀は悲鳴を上げた。
ピーター人形がゆっくりと包丁を振り上げた。

一体どういうことだ!?
俺は中央病院に向けて車を走らせている。
普段通りに会社で仕事をしている俺の元に病院の関係者から電話が掛って来た。
家から聞こえる悲鳴の様な物に異変を察した近所の住民が通報し警察が駆けつけ、ドアをこじ開けて中に入ると美由紀と賢治が何者かに襲われ血まみれになって倒れていたという。
そして俺は弾かれた様に会社を飛び出し現在に至る。
訳が分からない。
何で俺の大切な家族が襲われなくちゃならない。
俺たちが恨みを買う様な事でもしたか……!?
そんな記憶はまったくない。
なら無差別殺人か?それとも強盗?畜生どれもろくでもない。
中央病院にたどり着くと車を乱暴に駐車場に止め病院に飛び込む。
受付を見つけると俺は並んでいる人々を押しのけて看護婦に問いただす。
周りの人々が非難の視線を投げかけるが知ったことか。
「ここに搬送されたという杉村美由紀と杉村賢治の家族だ!」
「申し訳ございませんがきちんと並んでもらわないと……」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよ!あの二人はどこだ!?」
俺の怒鳴り声に圧倒され看護婦は渋々といった様子で答える。
「現在手術中です」
「どこで?」
いつの間にか周りには野次馬が出来ている。
その中には病院のスタッフらしき者達もいる。
俺を止めようにもどうすればいいのか分からないのだろう。
「第三手術室です……」
この病院の構造はある程度覚えている。
俺は階段目指して走る。
エレベーターなんか使ってられない。
俺は階段にたどり着くと一気に二階まで駆け上がった。
そしてB棟に続く通路を駆ける。
あっという間に三つの手術室が姿を現した。
一番奥が第三手術室だ。
その時医者らしき男が手術室から出てきた。
俺は医者に掴みかかる。
「二人は?」
医者はすぐに俺が二人の家族だということに気付き申し訳なさそうな口調で答えた。
「息子さんはもう……奥さんの方もつい先ほど……二人とも見た目以上に傷が深かったようで……」
まさか……あり得ない……。
俺はそのままへたり込んだ。
どうしてこんなことになってしまったんだ……。
どこの誰がこんな酷いことを……。
途端に哀しみは怒りへと変わった。
俺は再び医者に掴みかかる。
「どこの誰がやったんだ!」
医者は困惑した様子で答える。
「わ、分かりません……」
「二人は何か言い残していなかったか?」
「え……?」
そして医者は思い出したように口を開いた。
「奥さんがうわごとの様に”悪魔の人形が”と……」
悪魔の人形……?
思い当たる物はただ一つ。
ピーター人形だ。
今思い返せば確かにあの人形が来てからおかしなことが起こるようになった。
俺があの時あんな化け物をもらって来なければ……。
「安奈……」
そこで俺は残された唯一の家族、安奈の存在を思い出した。
ああ、安奈が危ない。
そろそろあの子が帰ってくる時間だ。
俺は再び病院内を駆け抜け車に乗り込んだ。

三時頃安奈はお気に入りのテレビ番組を見るために家への帰り道を歩いていた。
後は曲がり角を曲がれば家に着く。
家に近づく彼女をあの人形が窓から見つめていた。
人形にあの少年の姿が重なる。
その口元に歪んだ笑みが広がった。

俺は車を家の前に乗り捨てると急いで家に駆け込んだ。
警察は既に現場検証を終えているようで今は一人もいない。
勢いよくドアを開けた俺の目に絶望的な光景が飛び込んできた。
「あ、安奈……」
安奈が血まみれで倒れている。
俺は急いで駆け寄る。
「安奈!」
名前を呼び掛けるが返事はない。
安奈は腹を数回刺された様で、腹部から血がどくどくと流れ出てくる。
俺はあわててハンカチを傷口に押しあてた。
しかしそれくらいで止められる量じゃない。
俺はリビングにあった救急セットを持ってくると中の包帯を何重にも巻いた。
早く病院に連れて行かないと。
俺は血まみれの安奈を背負うと家の前に乗り捨ててある車に乗り込んだ。
出せる限りのスピードで車を走らせる。

車は山道を走っていた。
この山道を通るのが病院への近道なのだ。