闇の診殺医・霧崎ひかる
3.
<行方不明の女性、轢死体で発見さる>
<監禁か? 虐待の痕跡も>
<未だ右腕は見つからず>
診察室。新聞の事件欄を眺めるひかるのところに、顔面蒼白になり、髪を振
り乱し、北大路が現れた。
「うん、どうしたの? 保存液と人工血液の交換はまだのはずだけど」
「せ、先生、マナミは、…本当に生きているんじゃないですか?」
「何を言ってるの? それを望んだのはあなたでしょ」
悪戯っぽく笑う霧崎。
「今朝、水槽を見るとマナミ…マナミの腕がドアの近くまで飛び出ていたんで
す。どう見ても自分で動いたとしか思えない。ま、また逃げ出すつもりなのか
…」
「あら。相思相愛じゃ、なかったのかしら」
男は激昂した。
「当たり前だ! 美しく完璧な僕に愛されて、逃げようとする、は、はずが、
ないッ――こ、今度こそ、マナミは僕の言うことだけを聞く存在になったはずな
んだ。」
豹変した態度にもひかるは動じない。
「逃げようと、ねえ。極度の強迫観念から、腕を生きているように思い込み、
自作自演で腕を移動させたんじゃないかしら。」
女医の問いも耳に届いているかどうか。
「さ、最近耳に響くんだ。キチキチ、って床を引っ掻く音が。前にも聞いた音
だ。マナミが僕の言うことを聞かないんで『お仕置き』をすると、彼女は逃げ
ようとしたんだ。それで足の腱を切ってやると、手だけでも這って僕から逃れ
ようとするんだ。キチキチ、キチュリ、って。い、いくら爪が折れるから、と
言ってもやめないんだ…!」
青年は独白を続けた。女医は立ち上がる。
「私にも臓器や身体の部位の保管や一時的な延命はできても、まさか腕に知能
を持たせることは出来ないわ。…ただ」
診殺医の目が残忍に光る。
「"生きている"ってことはどういうことかしら? 意識があるってことなの
か、もっとスピリチュアルなことなのか。昔は心臓が心や魂のある場所、と考
えられていたわ。もしかすると臓器や手足にだって心があるのかもしれない。
腕にだって、魂が宿っているかもしれないわ。憎しみを抱いて、復讐するかも
しれない…」
わざわざ北大路の後ろにまわり、自分の白い二の腕を彼の首に絡ませてみせた。
「ヒイ!」
北大路は叫び、"診殺室"を飛び出した。
「監禁、暴行事件の常習犯、北大路の治療と診察、最終段階…フフ」
闇の診殺医は黒いカルテに記述 し、何事もなかったかのようにそれを閉じた。
作品名:闇の診殺医・霧崎ひかる 作家名:JIN