闇の診殺医・霧崎ひかる
2.
「本当は、ちぎれた身体のほうにする応急処置なんだけど」
そう言いながら美しき女医は腕の断面を縫い治療を施した。傷口はみるみる
うちになくなったかに見えた。水槽のような透明な箱に入れる。とぷん。何か
しらの培養液に浸かり、ゆっくりと沈む白く艶かしい右腕。それは何か別の生
き物のようにも見える。青白いその腕に浮かぶ血管は、ごくわずかだが微動し
ている。
「すごい、神技だ…。」
常軌を逸した光がケースを凝視する青年の目に宿る。
「あ、ありがとうございます。その、そう、この先で大型トレーラーにマナミ
は轢かれてしまって…体はもうボロボロでした。せめて腕だけでも、生き残っ
てくれたら。いや、彼女の腕は 美しくて、本人も自慢していました。この腕
こそ、彼女自身なんです!」
北大路と名乗る青年は整った顔を歪め、女医に詰め寄った。
「ふうん…」
彼女は机に置いてあるパソコンに目をやった。何かの情報を引き出したらし
く、納得した顔で北大路に向き合う。
「当外科院を預けられています、霧崎ひかるといいます。この腕、患者に繋ぐ
…処理じゃなくていいのね。なら…
あなたが望むなら、"彼女"を助けることも、出来るわよ。」
「ど、どういうことですか?」
赤い唇が形よく笑みを作る。しかしそれはどこかいびつだ。
「――つまり、人工血液や薬液を循環させ、腕だけで生命機能を維持させること
も可能なの。『腕』を『飼育』できるってわけ…フフフ、とても倫理上はお勧
めできないけれど。」
「!」
男の目がぎらつく。女医の黒い瞳を見る。
「ええ、ぜひ! お願いします。彼女もそれを望んでいるはずだ…僕たちは相
思相愛だから…」
「わかったわ。―――私は『闇の診殺医』。世にとっての悪しき患部をえぐり取
り、治癒するのが生業(なりわい)。覚えておいて。偽りの依頼なら、いつかそ
れ相応の報いがあることを。」
数日後。青年の住まいだろうか。広々としたマンションの一室、しかし窓に
はどこもカーテンやシャッターが閉じられ、目張りがしてあり、光は差してこ
ない。昼も夜もない世界。 中央には…水槽に浮かぶ美しい右腕があった。
「ただいま。帰ってきたよ、マナミ。寂しかったろう?」
腕に語りかける北大路。水槽から青白い腕を取り出し、濡れるのもかまわず抱
き寄せる。
うっとりと白い指を見つめ、己の指を絡めた。
「今日はマニキュアを買ってきたよ。君の好きな赤だ。血のような、真っ赤な
…」
ほほ笑みながらつぶやいた。
作品名:闇の診殺医・霧崎ひかる 作家名:JIN