ひとつの桜の花ひとつ
「はぃ、こんにちわ、お世話になります」
どう挨拶しようかって悩んだけど、ま、いいかって感じだった。石島さんの顔はなるべく見ないようにだった。
「はい、ご苦労さま、頑張ってね」
どうやら、叔父もしばらくは楽しむようだった。
「店長、今のお客様は連絡待ちですから、お名前の控えの書類はわかるようにしておきますから、明日休みなんで・・」
「うん、じゃあ、それ整理したらあがっていいからね」
「はい」
パーテーションの後ろの大きな椅子に社長を案内しながらだった。
「おかしいわ、社長も柏倉君も・・」
また、小さい声で石島さんに言われていた。
「うれしそうな顔しないでくださいね・・」
「はぃはぃ」
お互いに小さな声でだった。
「いらっしゃいませ」
「失礼します」
石島さんの声と直美の声だった。
「いらっしゃい、もう、帰れるからね、柏倉君・・ちょっと待ってあげてね」
「すいません、昨日も今日もでおじゃましちゃって・・」
直美の後ろに、隠れて夕子も恥ずかしそうに立っていた。
「ちょっと待ってね、すぐだから」
「うん」
書類を連絡待ちのお客様のファイルに挟みながら直美と夕子にだった。
「あれー 直美ちゃんかぁ・・その声って」
「あっー 叔父さん こんにちわ、すいませんお久しぶりです、おじゃましてます」
「あいかわらず 元気そうだな」
「はい おかげさまで、叔父さんもお元気そうで」
「家にも遊びに来なさいよ、日曜にでも・・」
「はぃ、劉と一緒に今度行きますから」
「うん、そうしなさいね」
パーテションの後ろから出てきた叔父とカウンターの前の直美の会話が、不思議そうな顔をしている店長と、俺の顔を盗み見している石島さんをはさんで続いていた。
「あのう・・・」
首をかしげて店長が立ち上がって叔父に向かってだった。
「あのう・・社長の姪御さんですか・・」
「いやー ま、そんなもんだな・・」
「それは、失礼しました、良かったらこちらでお茶でも・・」
「いえ、あのう、いいです、出かけますから・・」
石島さんは笑いそうな顔をしていたし、どうしようかなぁってこっちは考えていた。
「では、店長、帰ってもいいですか、明日はお休みいただきますけど・・」
話がややこしくなる前に、出かけたほうがよさそうだった。
「うん、ありがとうね、ご苦労様、おつかれさま」
「はい、失礼します」
叔父と、店長に頭を下げると、店長がかけてあったコートを出してくれていた。
「すいません お先です、石島さん」
「うん、おつかれー」
まだ、なんだか笑いそうな石島さんの顔を見ながらコートを羽織って直美と夕子のそばにだった。
「直美ちゃんも、一緒に帰るか・・」
立ち上がって大きな声の叔父だった。
「はい、叔父さん、では、失礼しますね、おじゃましました」
「うん、遊びに来なさいね」
「はい、バイトが劉と一緒の休みの日に行きますから」
「はい 気をつけてね、直美ちゃん」
頭を下げた直美の横で俺も頭を一緒に下げていた。
顔を上げると、ものすごく不思議そうな顔で俺を見ている店長と、もうどうにもうれしそうな石島さんの顔と、いつもどりの叔父の顔が揃っていた。
作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生