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ひとつの桜の花ひとつ

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声が響いて首かしげて


「ありがとうございました」
歩いていける物件をお客様にご案内して戻るとちょうど、男の人と女の人の2人組のお客様がお帰りのようだった。
「もどりましたー」
「ごくろうさん、どう・・」
出て行ったお客様の契約が取れたみたいで笑顔の店長だった。
「うーん、今日は少し考えますって・・」
「そっかぁ、ま、条件厳しいわ、あの金額ではね・・」
下北沢は小田急線の急行も止まるし井の頭線で渋谷にもすぐだから、家賃は割高で、若い人が予定している借りたい金額ではなかなかいい部屋って難しかった。
「あと、1万ださないとここではねー 夢見ちゃってるからなかなかですね、でも、それなりの街だからしょうがないですね。俺もここ好きだし」
「ま、わからない子には説明して沿線のいい物件紹介してね、柏倉くんって豪徳寺なんだから、そのあたりも紹介してあげてね、住みやすいし、豪徳寺って・・」
「はぃ、そうします」
昔からの商店街と、おおきなスーパーもあったし、確かに豪徳寺って住みやすかった。
「5時に社長来るんですよね・・」
石島さんが、今、帰ったお客様の書類を整理しながら、店長の高田さんにだった。
「うわぁ もう5時になる」
腕時計を見ながら、少し大きな声で店長が答えていた。
「久々ですよね、こっちにいらっしゃるのって・・なんかあるんですか」
「今日、会ったばっかりなんだけど、何も言ってなかったんだけどねー」
「そうですかー」
「で、なんか時間空けとくように言われてるんだけど、石島1人になっちゃうんかもしれないけど、いいかなぁ・・」
「平気ですよ、1時間だけですから」
「柏倉くん、遅くなっても良いって言ってくれてるんだけどね」
「大丈夫だから、あがっていいからね、時間来たら・・昨日も遅くなっちゃたし・・」
2人の話をカウンターに座ってだまって聞いていたら、最後は石島さんに話しかけられていた。
「ま、適当に様子みて大丈夫そうだったら 帰らせてもらいますから・・」
「頼むね、柏倉君」
店長に言われて うなづくと、隣の椅子に飲み物を持って石島さんが腰をおろしてきた。
「ねぇ 社長来たら、どうすんの、黙ってるの、店長に・・」
そりゃ、小さな声でだった。
「うーん 隠すつもりは無いんですけど、叔父さんしだいですかね・・」
「ふーん、笑わないようにしなきゃ、気をつけようっと・・、おっ 電話だ」
石島さんはなんだか、うれしそうに電話を取っていた。
「はぃ シオンコーポレーションです、はぃ、いますよー、ちょっと待っててね、代わりますね、柏倉君、電話」
「はい」
返事をしながら、口調がお客様相手ではないのがわかったから、直美だってすぐにわかっていた。
「代わりました、うん
 早いね電話、夕子ちゃんもう来てるんだ・・  
 うん、あっ じゃぁ ここにいるから  
 うん、 じゃあね・・」
時間前に夕子は直美のバイト先にやってきて、直美の着替えが終わったら、一緒に下北沢へ来て、ご飯を食べようって事になったらしかった。ちょうどよかったから、このままここで直美たちを待つ事にしようって思った。
「昨日の子だよね、藤木さんって言うんだったね」
「そうですよ」
「こっちに今日も来るんだ」
「前に入院してたときに知り合った高校生と一緒にご飯食べようって・・」
「へー 彼女入院してたの・・」
「いや、俺が交通事故で、足折れてたから・・」
「そうなんだ、全然しらなかった。もう 普通だよね」
「もう 平気ですから」
なんとなく、激しい運動が恐かっただけで、日常は以前となにも変わらない足になっていた。
「えーっと、それで、どうする・・まだ、いてもらってもいいかな・・」
後ろから、落ちつかなそうな店長だった。
「知り合い来るんで、あと30分ぐらいは平気ですけど、いいですか・・それでも」
「助かるわ、それでいいよ・・ありがとうね」
「はい、すいません」
経堂の駅前からだから 着替えの時間を入れてもそれぐらいで、ここまでやってくるはずだった。
「いらっしゃいませ」
若い男の子だった。
「あのう、部屋探してるんですけど・・」
「はい、こちらへどうぞ」
カウンターの前に案内をしていた。石島さんが代わろうかって顔をしたけど、少し首を振って大丈夫って答えていた。
「これって まだあるんですか」
張り出してあった物件を指差していた。
「それなら ありますけど、風呂無しですけどいいですか」
「はい、銭湯近ければいいんですけど」
言われた物件はトイレは付いていたけど、木造の古いアパートだった。
「銭湯は歩いて3分ぐらいかなぁ、でも、古いの我慢できれば駅にも近いですよ、でも、線路から結構近くなんですけど、それ・・」
「良かったら、見に行きたいんですけど、見れますか」
「いいですけど、行きますか、他にも物件ありますけど・・」
「予算ないんで、これって安いし・・」
「線路から近いからなんですけど・・いいですか」
「とりあえず見せてもらっていいですか」
「いいですよー じゃぁ 行きますか」
言いながら後ろを振り返ると、 いいのって顔の店長だった。
「店長、あそこって鍵はありましたっけ・・」
「大家さんに電話しとくから、開けてもらってくれる・・時間は大丈夫、柏倉くん」
「はぃ 近いから、すぐですから」
行って中を見ても30分かからずに戻ってこれる距離だった。
「じゃぁ ご案内してきまーす」
おとなしそうな男の子を連れて、歩き出していた。
「えっとね、今から言っておくけど、電車通ると少し揺れるからね」
「でも、住んでる人って居るんですよね」
「うん、他の部屋はうまってるね、なんかしばらくすると慣れるらしいんだけど・・ま、揺れるってことで、この家賃なんだけどね」
「お金ないんで、いいです」
「それ、我慢できればいいとこだから・・」
「はぃ」
下北沢の夕暮れを線路際のアパートに向かって歩いていた。

「どう、揺れるでしょ」
木造のアパートの2階の部屋の中で電車が通過するのを足の裏から感じながらだった。
「はぃ、でも、そんなにでもないですかね・・」
「うーん 嫌だから正直に言っておくけど1時過ぎまでこれって続くからね、覚えといてね、で、朝は5時からだからね」
「はぃ わかりました」
おとなしそうな男の子だったけど、少し笑顔を見せていた。
「考えてみますか、今日は・・」
「はい、もうこんな時間だし、考えて見ます」
「うん。これは持ってっていいですから、それと、これ名刺です、気に入ったら電話くださいね、ここじゃなくてもまだ物件あるし・・」
間取り図のコピー渡していた。
「はい、そうします」
「じゃぁ、もどりましょうか・・」
お客様をうながして、線路沿いのアパートの階段を降りて外にだった。
「ありがとうございました、僕はこっちから帰ります」
「うん。気に入ったら連絡くださいね」
お客様は左に、俺は右にだった。あまりなまってはいなかったけど群馬から今年大学合格でこっちに来たらしかった。

会社の電気のついた看板が見えて、腕時計に目をやると5時35分になっていた。
外から中をのぞくと叔父さんは中にいて、直美たちはまだのようだった。
「もどりました」
「あっ ご苦労さま、ありがとうね、柏倉君、社長ね」
作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生