ひとつの桜の花ひとつ
火曜の午後は話好き
「また 食べに来てくださいね、鍵はバイトの帰りに寄れる日に取りにいきますから」
「はぃ、わかりました、ごちそうさまでした」
お店の出口まで見送りまでされていて、石島さんと恐縮しながら頭を下げていた。
おまけに、俺は断ったけど、石島さんはサービスですからって言われたケーキまでご馳走になって、おみやげまでだった。
「さ、戻ろうか、うーん かわいくて いい子だわ、あの子やっぱり・・」
「お土産のケーキまで もらったからって・・」
「かわいいよー 美人だし、もったいないよー 気があるみたいなのになぁー・・」
「いやー 石島さんも美人ですけど・・」
「やだー なによー いきなり」
叔父だったから、女性社員はみんな美人の人が多かったから、素直な気持ちだった。
石島さんは、ケーキのお土産の箱か 俺の言葉にうれしかったのかは わからなかったけど笑顔で前を歩いていた。
「柏倉君の彼女って、同い年なの・・」
「田舎一緒だから、高校の同級生ですから・・」
「へー そうかー めずらしいねぇー こっちに来て大学生になったら別れちゃったりするのって多くない・・目移りしちゃってさ」
「うーん、 そうですかねー 」
「告白されたりしたことあるでしょ、こっち来てから・・」
「そりゃ 少しはありますけど・・」
「だよねー そこそこ かっこいいもんね」
「そこそこですから、たいした事ないです」
笑いながらだった。
「昨日来てた柏倉君の彼女だって、もてそうだから 男の子に告白とかされてたりするよー、きっと」
「そりゃぁ あるでしょ、もてないような彼女でも困っちゃいますから」
「余裕だねぇー」
「昔から もててた子ですから 慣れっこです。それに好きだから、いいんですよ、昔と変わらずに・・向こうはどうだかですけどね・・」
「ふーん。ま、良くわかんないけど昨日見た感じでは 向こうも柏倉君のことは大好きって見えたわよ」
「そんなの見てるんですか・・言いますよ、今夜、この話・・」
「えっー 今夜もデートかぁ」
「同じマンションですから 住んでるの 部屋は違うけど・・」
「へー そうなんだぁ 豪徳寺だっけ、そうかぁー なるほどねー 同じマンションにね・・」
石島さんは言いながら なんだか、大げさにうなずいて歩いていた。
「さてと働きますか」
会社のドアを開けながら 元気な声を石島さんが響かせていた。
「もどりました ありがとうございました」
「よかったぁー 柏倉君ちょっと 1人で留守番しててもらっていいかなぁ」
「いいですけど」
「石島さんは こちらのお客様を梅が丘の物件を車でご案内してもらえるかな、 ここと、ここと2箇所ね。僕はお客様ご案内で豪徳寺に行きますね」
「はい」
石島さんと一緒に返事をしていた。
「じゃ、僕は先にでかけますね」
お待たせしてたみたいで、店長は男のお客様ともう外に向かって歩いていた。
「えっと、これですね、今ご案内しますね、ちょっと待ってくださいね、柏倉くん、わたしこれって1時間半ぐらいかかっちゃうかも知れないから、よろしくね」
お客様をご案内する物件の確認をしながら、言われていた。
「はい 大丈夫です」
お客様の前だったから 大丈夫って言ったけど、また1人かよーって少しあきれていた。
「うん、よろしくー さ、では、行ってきますね」
「はい」
頭をさげて 石島さんと背の高い若い女のお客様を見送っていた。時間は2時10分だった。
コーヒーをカップに入れていつもの位置のカウンターに座って、ファイル整理を始めていた。
たぶん、あとは他の不動産やさんからの問い合わせの電話が鳴るはずだったから、物件を他にもまわしているファイルを電話の横に置いてチェックを始めていた。電話の先の不動産屋さんて腰の低い人もいたし、なんだか話が良くわからない変な人も多かったから、物件の問い合わせの電話ってあんまり好きじゃなかった。
「はい、シオンコーポーレーションです」
電話が鳴っていた。
「おっ 劉ちゃんかぁ・・」
「あれ、叔父さん、あっ 社長こんにちわ」
「おー ちゃんと働いてるらしいな、さっき店長に聞かされたわ、契約けっこう取るらしいなぁ 褒めてたぞあいつ」
「そうでもないですよ」
相変わらず大きな声で耳に響いていた。
「まっ 俺の甥っ子だからな、やってもらわないとだな、で、高田君はいないのか・・」
「今、お客様案内で外に出かけてるんですけど・・たぶん1時間は戻らないと思いますけど・・」
「そうかぁ えっとじゃぁ、夕方にそっちに行くからって言ってくれるかな・・」
「はい 伝えます。何時ごろですか」
「5時過ぎかな、そこから予定空けとくように言っといてくれ」
「はい、あのう叔父さん、店長に言わなくても良いんですよね、俺が甥っ子って事は・・」
「あっー わざとじゃないんだけど、まっ 今にわかるだろうけどな、まだ知らないみたいだなぁ その辺が少しニブイとこだから あいつの・・」
「では てきとうにその辺はしておきます」
「知ったら 仕事やりづらくなるかなぁ あいつが・・まっ いいか・・じゃあ よろしくたのむわ」
「はい、失礼します」
叔父は最後まで大きな声で、しかも、最後はこっちがしゃべってる途中でいきなり電話を切っていた。あいかわらずいそがしそうだった。
電話を置いてから、夕方ここに居るときに叔父がやって来たら、石島さんは笑うだろうけど、社長とバイトって感じで話さないとだなーって考えていた。
いつかは ばれちゃうんだろうけど しばらくはこのままのほうが気楽のような気がしていた。
それから、電話のやり取りを少しと、入ってきたお客さんに物件の間取りを取ってコーピー渡してる間に店長が先にドアを開けて戻ってきていた。
「おかえりなさい」
「いやー 悪かったねー なんか ありましたかぁ」
寒かったらしくて、暖房の風の前に立ちながらだった。
「特には ないんですけど、社長から電話がありました」
「えっ、なに・・」
「5時ごろ、こっちにいらっしゃるそうで、そこから時間を空けておいて欲しいそうです」
机の隅に貼ったメモ紙を見ながらだった。
「朝、会ったのになぁ なんだろう、なんか言ってた・・」
「特に内容は 聞きませんでしたけど・・」
「そうかぁ ま、そうだよなー」
1人でうなずいていた。
「あれ、そうすると、5時から石島1人になっちゃうか・・」
「6時まで働いてもいいですよ」
直美は夕子と5時ごろ会うみたいだったし、1時間なら残業してもいいやって思っていた。
「そうかー じゃぁー もしかしたらお願いするかもしれないから・・」
「はい いいですよー」
「わるいなー」
言い終わると、店長はコーヒーをカップに入れながら、社長なんだろうなぁって小さくつぶやいていた。それも、首を傾けながらだった。
「あっ、今日契約って取れてたっけ・・」
「朝、1件昨日の続きで取りましたけど・・」
「そうだった、忘れてた、社長来る日に契約なかったらどうしようかって考えちゃったわ、そうだ、1件あるんだった」
少しほっとしていたようだった。
「社長、そんな事聞きますかね」
「うーん 聞きそうでもないんだけど」
「そうですか・・」
作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生