ひとつの桜の花ひとつ
火曜の朝は晴れ模様
「じゃぁ 俺、先に行くからねー、 夕方電話してねー」
言いながら、ちょっと早かったけど、昨日会社に1番遅かったから玄関に向かっていた。
「うん、5時ごろだからね、電話できるのって・・」
「会社にいなかったら、伝言しといてね、じゃぁ、直美も気をつけて頑張ってねー」
「車に気をつけてねー」
ドアを閉めながら いつもの台詞に笑っていた。
下北沢の駅に着くと、まだ朝だったけど、暖かくなりそうな空が広がっていた。広がっているって言っても大きな空が見えるわけじゃなかったけど。
会社の前には8時35分にたどりついていた。外から中を見ると店長の高田さんが机に座ってパソコンをいじりながらもうなにか仕事をしているようだった。
「おはようございます」
「おー 早いなぁー いいんだぞ 9時前に来てくれりゃぁ・・」
「早起きしただけですから」
言いながらタイムカードを押していた。
「時間あるから、お茶でもしてていいぞー コーヒーはもう出来てるから・・」
「はぃ、でも、店先を掃いてきますから・・」
「掃除終わっちゃってるから」
会社に入るときに、確かにお店の前は綺麗になっていたから、そうかとは思っていた。
「何時に来てるんですか、店長って」
コートをかけながらだった。
「今日は8時かなぁ、駅前で朝ごはん食べてから来るから・・」
「家って、ここを真っ直ぐ三軒茶屋のほうですよね」
「そう、自転車で駅前に行って、うどん食べてからだね」
「駅の改札の横のですか、それって・・」
「そう、あそこおいしいんだよね」
店長は、30歳を超えていたけど、独身だった。
「時間までコヒーでも飲んでなよ、柏倉君昨日は契約いっぱいとったんだねー 6時まで残業かぁ ありがとうね」
「いえ、たまたまですから。いいお客さんばっかりで・・」
「朝1番に、契約の人が来るんだね、それ、きちんと頼むね」
「はぃ、わかりました。じゃあ コーヒー頂いていいですか」
「うん、ゆっくりしていいよー」
コーヒーをカップに入れて、カウンターに座って、新規の部屋のファイルと、まだ契約になっていない部屋のファイルを眺めていた。
店長もコーヒーを飲みながら、パソコンで書類をなにか作っているようだった。
「おはようございます、やだ、わたしが最後かぁ・・」
「おはよう」
石島さんがにっこり笑顔で入ってきて、店長がそれにこたえていた。
「おはようございます」
椅子から立ち上がって俺も遅れたけど、挨拶を返していた。
「掃除もしてくれたの、柏倉くん。外も綺麗だし・・」
「店長がしました。コーヒー飲んでるだけです、俺は・・」
「えっ、すいません 店長」
「いいって、早く来ちゃったからさ・・掃除好きだし」
まだ、ここに来て日が経っていなかったけど、なんだか、店長が良く早く会社に来ては掃除を一人でしているようだった。
「石島もお茶してていいよ、まだ時間あるから・・」
「はい、そうします」
「さ、9時だから働きますよー 主任は休みですから、石島君、柏倉君でお客様お願いしますね。僕は資料もって本社行ってきますけど、お昼には戻りますから・・」
「12時に戻りますか・・」
石島さんが店長にだった。
「半ぐらいになっちゃうかもしれないけど、向こうを出る時に電話かけるから・・」
「はぃ、わかりました、いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
あわてて、俺も同じ台詞だった。
「うん、よろしくー」
店長は少し歩いたところの駐車場に向かってドアを閉めて歩き出していた。
「朝1番に、昨日案内した人って来るんだっけ・・」
「そうだといいですけど・・あっ 来た」
外にもう昨日案内したお客様だった。
あわてて、席を立ってお迎えだった。
「あのう、昨日の・・」
「はぃお待ちしてました。こちらへどうぞ・・」
カウンターの自分の席の前にご案内すると、頭を下げながら椅子を引いていた。
「昨日、ごらんになったのでよろしいんでしょうか・・」
「はぃ、安いですから、あそこで充分なんで・・」
「ありがとうございます、では、まずこの書類に書き込んでもらっていいですか」
名前と連絡先の簡単な書類を1枚出しながらだった。
「はぃ よろしかったら どうぞ」
石島さんがコーヒーを後ろからお客様に出していた。
書類を書いているのを見ると、青山学院の大学生だった。
「これで いいですか・・」
「はぃ、えっと、それでですね、昨日言ったように畳と壁紙を新しくしますので、お部屋をお渡しできるのはですねぇ・・・ちょっと待ってくださいね」
言いながら振り返ると、石島さんがあわてて、内装屋さんと電話をしているところだった。
「ごめんなさい、ちょっと待ってくださいね。よかったらコーヒーどうぞ・・」
内心は今週末か来週頭になっちゃうかなって考えていた。
「いただきますね、ねぇ あの部屋って畳あのままっで良いって言ったら安くなったりするの・・」
「えっ、あのままですか・・」
「そう、だって絨毯引いちゃうから、いいもん、あれでも・・壁紙は直して欲しいけど・・」
「うーん。それは大家さんに聞いてみないとですね・・」
「少しでも安いほうが いいんだけど」
「お時間もらわないといけないですねぇ・・その辺は」
言いながら、俺じゃその辺はどうにもって思っていた。
「石島さん、大家さんって連絡取れますか・・」
「うん、今、電話してみるから・・待ってもらってもいいかな・・」
振り返ると受話器をもう 握りながらの石島さんだった。
「いいですか・・待ってもらっても」
「はい、へいきでーす」
なんだか 話がややこしくなっていた。
「青学なんですね・・それで厚木からですね・・」
「そうなんだけど、下北住みたかったし・・」
「近くていいですね、学校まで・・」
なにか 話さないと落ち着かなかった。
後ろでは運よく大家さんが在宅らしくて、電話の石島さんの声がパーテーションの奥の場所から少し聞こえていた。お金の話なので奥の電話に切り替えたようだった。
「安くなりますかねー」
笑顔で聞かれていた。
「うーん、大家さんによりますかね・・もうちょっと 待ってくださいね」
言い終えて、パーテーションの裏側の石島さんのところにだった。
近付くと、もうちょっと待ってねって、顔だった。
少し待つと石島さんからメモ紙を出されていた。
「これで どうかなぁ」
書かれた紙には家賃を月¥1000引くって書いてあった。
「これで、どうかなぁ」
「はい わかりました」
「壁紙は金曜日に直すから、来週から入れるから・・」
「わかりました」
パーテーションの裏側からお客さんに顔を向けると、にこって笑われていた。
「すいません お待たせしちゃって」
「いえ、こっちのわがままですから・・で、どうですか」
また、にっこりされていた。
「壁紙は交換して、畳はそのままで、毎月の家賃を¥1000だけお安くですね・・」
「あっ、もう それでいいです」
少し粘られると思ってたから、ちょっと不思議な感じだった。
「いいですか、それで・・」
「はい、うれしいです、すいませんでした」
「で、来週の水曜日から契約発生でいいですかぁ」
「はい、いいです。引越しは、たぶん来週末ぐらいかなぁ・・」
作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生