名誉毀損の認定方法
管理者の違法性の認識
ここでは、プロバイダーが、なされた発言が名誉毀損を構成するか否かをどう判断するかの基準について考察する。
大抵の場合、利用者が掲示板を使うにあたり利用規約を用意している。これに違反した発言は、削除等の対応をされる。しかし、プロバイダー責任制限法3条1項で問題にしているのは、名誉毀損発言を技術的に防止可能な場合、あるいは、知る事ができたと認めるに足りる相当の理由がある場合である。技術的な問題に関して問題になる事は少ないが、プロバイダーが、なされた発言を名誉毀損発言と認識しているか等が問題になる。これに関して、ニフティサーブ第一事件を例に挙げる。
ニフティサーブ第一事件は、株式会社Y3が主宰者であるパソコン通信「ニフティサーブ」の会員Xは、「Cookie」というハンドル名を用いて現代思想フォーラム(以下、「本件フォーラム」という)の特に、フェミニズム会議室に活発に書き込みを行い、一時は本件フォーラムのシステム・オペレイター(以下、「シスオペ」という)である者(訴外A)から、リアルタイム会議室における常駐要因として、課金免除視覚を付与されていた。会員Y1は、平成五年十一月二十九日から平成六年三月二十七日にかけて、本件フォーラムの電子会議室に、本判決の別紙発言一覧表(一)ないし(四)記載の文章を含む発言を書き込んだ(これらを総称して「本件各発言」という)。Y2は、Aから要請を受けシスオペに就任した者である。Y2は、右発言一覧表(二)記載の符号6ないし11の各発言については、平成六年二月十五日にX代理人から送付された書面での削除要求を受けて、右同日削除する措置を取った。Xは平成六年四月二十一日に、本件各発言によって名誉が棄損された等と主張し、Y1およびY3に対しては不法行為に基づき、Y2に対しては使用者責任または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づいて、被告ら各自に対し、損害賠償ならびに謝罪広告の掲載を求める訴えを提起した。他方、Y1は、Xに対し、スクランブル機能を用いて事実上Y1をリアルタイム会議室から排除したことは村八分による名誉棄損であり、また、Y1の職場でのトラブルを暴露してプライバシー権を侵害したなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて反訴を提起した。訴状副本の送達後、Y2はXから訴状において初めて指摘を受けた発言(本件各発言のうち、右で削除した以外のもの)を、平成六年五月二十五日に、電子会議室の登録から外した。
東京地裁は、Xの本訴請求について、被告ら各自に対して損害賠償を求める限度において容認し、その余の請求を棄却した。Y1の反訴請求を棄却した。これについて裁判所は、「電子会議室に書き込まれた発言は、多数の会員がこれを読むことができるという意味において公然性を有するというべきところ、(1)Y3は、これらの発言中において、繰り返し「Cookie」がXであることを、人物の特定にとって最も重要な要素であるというべきXの本名を示して明らかにしていること、(2)Y1発行の会員情報誌である「ONLINETODAYJAPAN」の平成5年9月号には、「Cookie」がXであることが、Xの本名を示して明らかにされていたこと、(3)Xは、ニフティサーブ上で、職業及び訳著書名を公開していたことに照らすと、本件各発言が書き込まれた当時、「Cookie」とのハンドル名を用いているものは、Xであるという事実を多数の会員が認識し得る状態にあったものということができる。したがって、本件においては、Xに関して匿名性が確保されているとはいえないから、本件各発言によって、Xの名誉は毀損されたものというべきであって、右Y1らの主張は、採用することができない。」とし、またシスオペの作為義務に対し、①Y2はY1とのフォーラム運営契約で、特定のフォーラムの運営管理を委託されており、他人を誹謗中傷するような内容の発言が書き込まれた場合の対処もその一部であること、②システムオペレーターには、当該発言を削除し、他の会員の目に触れないようにすることが可能であること、③名誉毀損された者事態に葉発言を他の会員に読まれないようにする手段がないこと、④フォーラムの運営管理にあたりシステムオペレーターが準拠すべき会員規約、運営マニュアルには他人を中傷誹謗したり、またはそのおそれのある発言は削除されることがある旨の規定があること。これらの点から、シスオペは、「条理に照らし、一定の法律上の作為義務を負うべき場合もある」と説く。その上で、①シスオペは書き込まれる発言を事前にチェックできないこと、②本件発言がなされたときには、Y2らはシスオペの業務が膨大な数になるおそれもあり、「書き込まれる発言の内容を常時監視し、積極的に右のような発言がないかを探知したり、すべての発言の問題性を検討したりというような重い作為義務を負わせるのは、相当でな」く、また、シスオペの行為が、「会員のフォーラムを利用する権利に重大な影響を与えるもの」であり、「名誉毀損にあたるか否か野判断が困難な場合」もありうることから、「他人の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認められる場合には、当該シスオペには、その地位と権限に照らし、その者の名誉が不当に害されることがないよう必要な措置をとるべき条理上の作為義務があったと解するべきである」と判示している。また、一審控訴審では、Y1の発言のいずれが名誉棄損にあたるか示されていなかったが、具体的な箇所が示されているという変化があった。また、Y2に対して「削除権限の行使が許容限度を超えて遅滞したと認めることはできない」(23)とし、Y3も「パソコン通信主催者が会員に対して安全配慮義務を負うとは認められない」と判示している。
ニフティサーブ第一事件では、被告シスオペには本件発言につき違法性の認識がなかったというものである。これには、「放置が違法とされるためには、前提として、被告シスオペに「必要な措置」をとる作為義務の存在することが必要」であるとしている。ここでの問題は、被告シスオペが問題の発言が名誉毀損を構成し違法である事の認識が必要かどうかである。判決では明示的には答えていないが、「問題の発言が書き込まれている事実を知れば十分であり、その発言が名誉毀損を構成するという認識は必要でないという判断だと思われる」としている。そして、「シスオペに削除義務が生じるのは、発言が「明らかに」名誉毀損を構成するという場合に限定されるべき」としている。また、「名誉毀損を構成することが、「明らかな」書込みについては、前述のように、書込みの存在を知った段階で作為義務が生じると考えるべきである。しかし、明らかでないものについては、被害者の申し出を待って対応するというのは、妥当な調和のさせ方ではなかろうか」という意見もある。もし、判決の言うように、問題の発言が名誉毀損を構成することが「明らか」ならば、この判示に賛成できるが、なぜ「明らか」といえるのかにつき具体的な説示がないので、疑問の残るところである。