ささのはさらさら
きっと、ふたりでわあわあ楽しそうに騒いでいるんだろう。
「そう思っている自分が、いやなんです」
そうだ。
勇作がアホだけど悪い人間ではないように、諏訪めぐみも元気すぎるが、悪い人間ではない。
むしろ、二人とも、人の気持ちを自分なりに一生懸命考えてくれる、いいやつらなんだ。
自分だけが楽しくなるんじゃなくって、他人まで巻き込んで楽しくしようとする、心の底からのエンターティナーなんだ。
そんな二人の気持ちが通じ合えば、どんなに良いだろう。
「……君は本当に、勇作くんが大事なんだね」
Sハクはしみじみといった風にいう。
「君は勇作くんに離れてほしくはないけれど、それ以上に勇作くんに幸せになってほしいのさ」
「……そうなんですかね」
「そうともさ。人の気持ちというのは、単純な気持ちが重なり合って複雑になっていくものなんだよ。君の気持ちに嘘はないさ」
Sハクの芝居じみた口調は、逆におかしな現実味を持っていた。
「そう、だったら、いいな」
勇作の幸せを願う気持ちが、諏訪めぐみを妬む気持ちより大きくなってしまえば。
そうすれば、俺も楽になれるのだろうか。
笑って、あの二人を祝福できるのだろうか。
「まあ、そう簡単にいくことではないけれどもね。君のように思いつめることも無いだろう」
Sハクはそう言ってにやりと笑った。
諏訪めぐみは短冊に『恋がしたい』と書いて、無邪気に笑っていた。
七夕の前日。
例の店長さんが軽トラックに乗せて持ってきた笹は、それを見た全員(俺と勇作を含め)が、絶句するほど巨大なシロモノだった。
というか、どう見ても葉がいっぱいついた竹だった。
まあ、竹なら一階から二階まで楽々届いてしまうだろう。というか、三階までも行ってしまうだろう。
勢いさえあれば天井を突き破ってしまうかもしれない。
それ程でかい笹だった。
顧問のハゲた教頭先生はおろおろとしていたが、止める様子はなかった。
Sハク、そして諏訪めぐみと対面し、その全力でバカをやる姿勢をその目で見た店長さんはいたく感動して、「笹はタダで譲るよ!」などと言い出し、俺と勇作、その他割とまともな生徒会員で必死に止め、笹代を入れた封筒を押し付けた。
「しかし、こんなに大きな笹を七夕が終わったら捨てなければいけないなんて、勿体無いなあ」
Sハクがそう言うと、諏訪めぐみは暫くうーんと考えて、
「こんなにおっきくて太い笹なら、流し素麺が出来ますよ!」
などとほざいた。アホか。
「おおっ、それいいっすね!」
アホはもう一人いた。
「でしょっ! 高校で流し素麺とか前代未聞だよっ!」
勇作と諏訪めぐみは、理科室から水引けば超急降下っすよ、だの、二階にいる人食べ放題だね、だの、冗談としか思えないことを、真面目な顔で言い合っていた。
何だか、あまり事情を知らないはずの周囲の人間も、あいつらをワンセットとして認識しているらしい。
水は差しませんよ、とでも言うかのように、彼らを遠巻きに見ていた。
「よーっし、じゃあ皆で笹を運びましょう!」
元気に叫ぶ諏訪めぐみに、「だから笹じゃなくてこれはどう見ても竹だろ」という奴は誰もいなかった。
吹き抜けホールにどんと構えた笹は、まさに壮観だった。
この笹に、これからたくさんの七夕飾りを付けていく。
俺はしばらく考えた後に、何も書かれていない短冊を手に取った。
勇作が。
勇作が、どうか幸せでありますように。
諏訪めぐみがどうこうじゃなくて、ただただ、あいつがいつまでも笑っていられますように。
俺は短冊に、「あいつがうまくやれますように」とだけ書いて、葉に吊るした。
***
諏訪めぐみさん
初めて手紙というものを書きます。
だから、何か至らないところがたくさんあるとおもいます。
どうか、お許しください。
僕は、諏訪めぐみさんを愛しています。
この事に気付いたのは、この高校に入って、初めて諏訪さんに会った日のことでした。
諏訪さんは、教室の場所が分からない僕を、優しく道案内してくれましたね。
俺は、違うクラスなのにそんな事をしてくれた諏訪さんが
「ああああ、これじゃだめだって! だって俺、入学したばっかりの頃はそんな得に諏訪さん命じゃなか……っ、うわーっすみません諏訪さん! あの頃俺はバカだった! 諏訪さんがこんなに魅力的だったことに気付かなかったなんて! 今やり直せるならいっぱいいっぱいいーっぱい諏訪さんとお話するのにいぃぃぃぃぃぃっ!」
「うるさいよ勇作! あんた今何時だと思ってるの!」
階下から母親の怒鳴り声が聞こえ、勇作は思わず口を塞いだ。
「ご、ごめん母さん!」
「分かったんならよしっ! 美咲今寝たばっかりなんだから起こさないでよねっ」
自分の声よりもはるかに大きな母の声にびびりながら、勇作は便箋をくしゃくしゃと丸めて捨てた。
「こんなんじゃ駄目だ……もうちょっと、ポエム的な何かにしよう」
諏訪めぐみさん
あなたはまるでティンカーベルのようにかわいらしい。
あなたとそばにいれば、僕は空も飛べるはず。
第九高校はあなたのためのネバーランドです。
もしフックが現れても僕が守ります。
僕はあなたのピーター・パンです。
「……だめだ、続きが思いつかない……やっぱりここは直球で行くべきだな、うん。よしっ」
諏訪めぐみさん
ここまで書いて、勇作は習字道具を引っ張り出し、長年使っていない所為でばっさばさになった筆の毛先と格闘しながら、力強く『愛』と書いた。
勢いが余った所為で、机にも黒々と墨汁が跳ねてしまった。
「――っ、だめだだめだだめだ! こんなんじゃ奇を衒い過ぎてるって! 俺の気持ちが伝わらねー!」
ぐしゃぐしゃに便箋を丸め、ゴミ箱へ放り込む。
明日は、七夕祭りの本番なのに。
七夕祭りを成功させて、諏訪さんに告白するのに。
このことは、玲一にも話していない。
勇作一人で決めたことだ。
男としては、自分の思いを伝えるのに、友人の手を借りるなどという情けないことはしたくないのだ。
――それでも、携帯に手を伸ばしてしまっているのも事実だった。
十一時。玲一も、ギリギリ起きているだろう。
もし寝ていても、俺からのメールだったら玲一は返してくれるだろう。
玲一は、俺の事を大事にしてくれてる。
小さい頃だって、一緒に夜遅くまでおはじきを探してくれてたし。
(でも、だめだ)
勇作は手を引っ込めた。
(俺のことだから、俺が頑張らなきゃ)
玲一が俺のことを大事にしてくれるからこそ、今頼ってはダメなんだ。
「よしっ、もう寝よう!」
やっぱり小細工は俺には合わない。
明日、正々堂々と目の前で「愛してる」と言おう。
そうだ。明日は七夕祭りの本番だ。諏訪さんの目の前でヘマをしないように、しっかりと寝て備えよう。
勇作はベッドに寝転んで、タオルケットを被って数秒も経たない内に、豪快ないびきを上げ始めた。
回線の向こうで、勇作が何か連絡をするのではないかと、寝ないで思って待っている玲一のことなど知らずに。
***
七月七日、七夕祭りの本番の日。