ささのはさらさら
「なあなあ、諏訪さん短冊に何書くかなー」
「……さあな」
勇作が諏訪の話をして、楽しいのは別にいい。でも俺は、諏訪の話を聞くと、笹をこの場に置いて、家に帰りたくなってしまう。
「きっとさあ、新しいスニーカー欲しいですとか書くんだろうなー。うわあ可愛いー! 諏訪さん超可愛いぃー!」
そうかそうか、それはよかったな、俺はもううんざりだ。お前は一人で諏訪に萌え萌えしてろ。俺は帰る。
ああ、もう本当に、この場から帰ってしまいたい。
でも、話すことが余りにも下手な俺は、話題を諏訪から逸らす事が出来ない。
諏訪は嫌いではない。
仕事は出来るのに、いつも明るく笑っていて、俺だって頼りにしている部分が沢山ある。
人柄も、まあいいんじゃないかと思っている。
それでも、勇作と諏訪がくっつく、ということを考えると、俺はなんだか、勇作が急に知らない人間になっていってしまうような気がして、いやだった。
こんな惨めな気分を味わわずに済むなら、例え馬に蹴られようとも、どんな妨害工作だってしてやりたい。でも、勇作に嫌われるのは嫌だ。
だから俺は何もしないまま、楽しそうな勇作を見ているだけだった。
「じゃあさ、お前は何書くんだよ」
「え?」
「短冊だよ」
「えー? 玲一が書くか教えてくれたら言おうかなーっ」
「だが断る」
校門が見える。諏訪がいる。
生徒会の女子と何か話して、また口を開けてからからと笑っている。
「あ! 勇作くーん、八坂くーん、おつかれー!」
ととと、と俺らに気づいた諏訪が駆け寄る。
諏訪めぐみが歩いたり走っている様は、まるでサバンナのガゼルのようだった。
軽やかかつ、機敏だ。
「笹はどうだった?」
「うん、なんとかやって貰えるみたい」
「おー、やったね! 立派な飾りもゲットしたし、これで盛り上がるね!」
「うぃっす!」
諏訪がにっこりと「ありがと!」と言うと、勇作は「いやあそんな、俺ら買出ししただけだしエヘヘヘ」と気味の悪い笑みを浮かべた。
やっぱり、訂正しておこう。
俺は、諏訪が嫌いだ。
みんなに向けてる笑顔で、俺が小さな頃からずっと一緒にいた勇作をまんまと引っ掛けた諏訪めぐみという人間が、大嫌いだ。
勇作もさっさと気づけ。その笑顔はお前だけのじゃないって。
どうして人は好きになる人間を選ばせてくれないんだろう。
勇作。
俺は、あのおはじきを探した夕暮れに、ずっといたかった。
だから、おはじきの最後の一個を見つけた俺は、それをポケットの中にしまってた。
そうすれば、おまえとずっとこの夕暮れにいられると思っていたんだ。
おはじきを探して泣いているお前を慰めながら、ずっと一緒に。
「じゃあ、みんなで短冊をいっぱい書きましょー! 私たちがいっぱい書けば、生徒のみんなも短冊を書いてくれて盛り上がるよっ」
「諏訪さん、それってサクラじゃないですか〜」
「いいのいいの!」
生徒会室が、いっきに賑やかになる。
足が細くなりますように、と書く女子。
手堅く、「たなばた」「ひこぼし」「おりひめ」と妙に上手い字で書く男子。
おれはそれを、遠巻きに見ていた。
勇作も、短冊を書いている。
ああ、諏訪めぐみがあいつに話しかけている。
俺はもやもやとした気持ちを抱えながら、それを見ていた。
すると。
「みんな短冊を書きに行ったが……君は行かないのかい?」
「あ……会長……」
団扇をぱたぱたと仰いでいるSハクが、いつの間にか僕の背後に来ていた。
――ここで、この生徒会長がSハクと呼ばれる所以を話そうと思う。
俺が入学する前の事で、センパイから聞いた話なのだが、誇張が入ってると思う。絶対に。
この生徒会長は、会長選挙当時、髪型が見事なおかっぱだった。今は短く切ってしまっているが。
そこそこ端正な顔も相俟って「ハクだ」「千と千尋のハクだ」と校内がざわつく程度には話題になり、「おれハクに投票するわ」「ハクしか知ってる奴いねーよ」「ハクかっこいいよねー!」とほぼ見た目のインパクトだけで票を勝ち取った。
そのような経緯があり、生徒会長は、初めはハクというあだ名で呼ばれていたそうだ。
しかし、いざ生徒会長になってみると、その手腕は、『伝統』という名の手抜きであるぬるま湯につかっていた生徒会をひっくり返すもので、その年は役員のみならず、教師までもが奔走する羽目になった。
その結果、内申点ほしさに集まった怠け者集団のお飾り生徒会は、ハク会長の改革により、先生たちの怒りに触れないギリギリのラインで高校生活を楽しくしてしまおうという『奇人変人ときどき凡人の集団』になったそうな。
そしてその時、どちらかと言えば反ハク会長派の生徒会役員が彼をS、つまりサディスティックのSと言ったので、それが元々の呼び名とくっ付いてSハクと呼ばれるようになったのだという。
そのような経緯があって、この学校の生徒は何かとこの生徒会長を畏れるようになっていた。
俺は、今のような話は絶対に嘘だと思う。
事実だとしても、事実をもとにしたフィクションだと思う。
それでも、Sハクは俺が考えていることを全て見通しているかのようだった。
「俺は……願い事、ないんで」
「そうかな? 僕は何だか、君が一番願いをかなえたいって顔をしているように見えるけれどね。みんなを見てごらん」
Sハクが目で僕に促す。
生徒会のみんなは、もうすっかり外が暗くなっているというのに、わあわあきゃあきゃあ騒ぎながら、短冊を書いたり、七夕かざりを作ったりしている。
「皆にとってはね。これはあくまでお祭りなんだ。願いが叶うかどうかは、あくまでオマケでしかないのさ」
「はぁ……」
「しかし、君は違う。君にはどうしても叶えたい願いがある。しかし、それはこんな短冊で叶えられるようなものではない」
まるで素麺でも啜るかのように、Sハクがすらすらと言葉をつむぐ。
「……どうしてそんなこと分かるんですか」
「顔に書いてある、という奴さ」
Sハクは涼しい顔で、またぱたぱたと団扇を仰ぎ始めた。
「せっかくの祭りだ。そんな顔をするのはやめたまえよ、八坂」
俺はSハクの顔を見る。
Sハクは首を傾げて、にやりと笑って俺を見た。
「おーい、八坂くーん」
諏訪めぐみが、俺の方へ駆け寄ってきた。
「あっ、生徒会長もいたんですね! 二人とも、短冊書かないんですか?」
ちょこんと首を傾げて、諏訪めぐみが問い掛ける。
「ふふ、僕はいいよ」
「お、俺も……」
「そう? まあ、後でも短冊は飾れるから。何か思いついたら書いてよ、賑やかしでもいいからさっ」
そう言って、諏訪めぐみはまた女子に呼ばれて去っていった。
諏訪めぐみは、本当にくるくると動く。楽しそうに動いている。
勇作を通して、俺は諏訪めぐみをずっと見ていた。
こいつに勇作をくれてやるもんか、と、半分、いや、半分以上、憎しみのこもった視線で。
それでも。
「生徒会長、俺、いやなんです」
ん、とSハクが応え、先を促す。
「勇作は諏訪とだったら楽しくやれるだろうって」
成績に差はあれど、同じ程度にはバカだから。
「にぎやかに楽しくやれるだろうって」