ささのはさらさら
校名のおかげで「歓喜」だの「めでたい」「年末に歌うアレ」だの妙な印象を抱かれることが多いこの高校の名物といえば、いやに精力的な生徒会だ。
妙なカリスマ性を持った生徒会長率いる、教師やPTAをも凌ぐ発言力を持った、漫画かアニメのような奇人変人ときどき凡人の集団。
それが、第九高校の生徒会なのである。
俺もその一員で、今日はとある企画のために召集されていた。
「……という訳で、諏訪さんの企画は賛成者多数で採用される事になったが、反対意見はあるかい? なければ拍手を」
第九高校名物のひとつ、生徒会長、通称『Sハク』こと鶴屋紀夫の一声に続き、ぱちぱちぱちと拍手が鳴った。
「皆さん、ありがとうございます! 企画の発案者として頑張りますので、どうぞよろしくおねがいします!」
第九高校生徒会のもう一つの名物、諏訪めぐみが一礼した。
スカートの下のジャージさえなければ、俺は彼女を真面目な生徒会役員として見れるのに。実にもったいない。
しかし、俺のとなりに座る幼馴染の東勇作は、そんな事も意に介さずデレデレとした顔で、諏訪めぐみに拍手を送っていた。
「では、早速こちらの方に笹の発注をしてほしい。最低でも三メートルは欲しいかな。そうだなー……運動部は大会で忙しいし……そこの帰宅部。八坂、東」
Sハクは、俺と勇作を指名した。
「すぐにこちらの樹木園に笹の発注を頼む。ついでに、七夕飾りの調達も頼むよ。なるべる安く、なおかつ豪奢なものを揃えて来てくれたまえ」
Sハクはつかつかと僕らの方へ歩み寄り、メモを手渡す。
ぽんぽんと豆鉄砲のようなご命令に圧され、俺と勇作は他の生徒会役員の哀れみと安堵が入り混じった視線に見送られながら、会議室を追い出された。
「くっそ、Sハクめ……諏訪さんと同じ仕事につかせろよぉぉお……!」
俺は、恨みがましくドアに追いすがろうとする勇作の首根っこを掴む。
「諏訪は発案者だから別の仕事があるんだろ……それなら、俺たちが先回りして動いて諏訪の負担を減らしてやろうぜ」
「おおっ、さすが玲一、あったまいいな!」
「当然だろ。お前の頭がアレすぎるんだ」
俺はぐりぐりと勇作のいがぐり頭を撫でる。
こいつの髪型は小学生の頃からずっと変わらない。
俺は勇作とは小さい頃からの幼馴染……というか、俺たちの母親が元々幼馴染で、だから俺たちは当然のように一緒に遊び、同じ小学校に入り、同じ中学へ行って、同じ高校に入った。
俺と東は、ずっと一緒だった。
初めて二人だけで遠くへ釣りをしに行って、迷子になったときも。
道端に落ちていたしわくちゃのエロ本をどきどきしながら開いたときも。
公立なんか行ける訳ねーよ、と東が泣きついて、徹夜で勉強したときも。
いつだって、俺と東の二人だった。
この生徒会だって、勇作が絶対やりたい、と行ったから、集団行動が苦手な俺も我慢して入ったんだ。
諏訪めぐみが目当てだと知っていたなら、たとえ勇作がやりたいと言ったとしても、絶対やらせなかった。
生徒会長が指名した、とある園芸屋。
ランニング姿に頭にタオル、という出で立ちで現れた店長さんに、俺たちは半分無理だろうという気持ちで、笹の発注をしにいった。
「体育祭と文化祭の間を埋める行事が欲しい」と考えた諏訪めぐみは、『大』七夕祭を行おうと提案した。
これまでのように、多目的ホールの隅にみみっちい枯れた笹と短冊を置くのではなく、玄関横の吹き抜けのホールを利用して、大きな笹を設置して一階と二階から短冊を飾れるようにしたり、『七夕飾りコンテスト』なるものを開いたりなどなど、話だけ聞けば中々に面白そうだった。
話だけ聞けば。
「七夕に使うんすけど、三メートルの笹なんて、無理っすよね。うちの生徒会長と書記、ほんとアホで」
「ちょっ、玲一! 諏訪さんをアホとか言うなよ!」
「いや、アホだろ。こんな無茶としかいいようがない企画考えるなんて、俺たちに対してとんだ無茶振りだぞ」
しかし、店長さんは俺の弱音を綺麗にまるっとスルーして、「よしっ」と立ち上がった。
「いいんじゃないか、こういうのは! なかなか面白いし、学生のうちにしか出来ないんだぞ」
いやあ懐かしいなあ! 僕も昔はいろいろとバカなことしたんだよ!
ここにはいないSハク、そして諏訪めぐみと意気投合して、店長さんは膝を叩いて立ち上がり、「任せとけ! 取って置きの笹を用意してやる!」と店の奥に消えていった。
俺たちは、笹の代金やら何やらを聞き損ねてしまった。
俺と勇作は、夕日が差す道をのろのろと歩き、学校へ帰っていた。
勇作は、ホームセンターで買った七夕飾りが入っている袋を、両手に重そうにぶら下げている。
俺も持つよ、と言ったのだが、断られてしまった。
「玲一はほっそいから、持ったら腕折れちまうだろー!」
本気なのか、冗談なのか、分からない。
確かに、俺の腕は勇作に比べたら弱弱しい。
だけど、勇作に気遣われるほどではない。
やがて勇作は重い荷物を持つのに疲れたのか、調子はずれな七夕の歌を歌いながら袋をぶんぶんと振り回し始めた。
「やめとけよ、落ちるぞ」
「遠心力だから大丈夫だってー!」
こいつは小学生の時にも同じことを言って、『さんすうセット』を道路にぶちまけた事がある。
あの時は勇作が「おはじきがいっこない」と泣いて、俺を日暮れまでおはじき探しに付き合わせた。
結局そのおはじきは見つかることはなく、捜索は俺と勇作が心配した両親に拳骨で叱られるという結果で終わった。
「なあなあ、お前、短冊なに書くよ?」
勇作が人懐っこい声で俺に問いかける。
「んー……特に何も」
「えー、お前、普通はさ、この年ともなれば煩悩まみれだろ! 何枚あっても足りねーよ俺は! 小遣い増えますようにとか、銀チョコ並ばずに買えますようにとか、学食がもうちょっとボリューム増えますようにとか!」
煩悩って、それはほぼ食欲じゃないか。
「あと、彼女が出来ますようにとか!」
ああ、これだよ。
勇作、お前、俺がどんな気持ちでそんなこと聞いてるか知らないんだろ?
「……俺はいらねーよ。お前はさ、ほら、アレだろ? 彼女っつーか、諏訪めぐ……」
「わーっ、それ以上は言うなよー! プライベートー! ぷーらーいーべーえーとー!」
言うなと言いながら、勇作はわざとらしくくねくねと照れ始めた。諏訪めぐみの話が出来るのが嬉しいんだろう。
勇作は彼女にぞっこんだが、俺は彼女の何がいいか理解ができない。
諏訪めぐみは、小柄でショートヘアの、登校するときには自転車を爆音が上がる勢いで漕ぎ、特に何も言われない限りはスカートの下にジャージを履いて過ごし、よくからからと口を開けて笑う、そんな女子だ。
俺は、もう少しおとなしいタイプが好きだから、諏訪めぐみは友人として付き合うのはいいものの、恋人にするには元気すぎてちょっと、という種類の人間だった。
勇作も同じだと思っていた。ところが、これだ。
お前、彼女にするなら清楚なやまとなでしこってうざいくらいに語っていただろうが。
……いや、こいつは馬鹿だから、やまとなでしこの意味を勘違いしていたのかもしれない。
妙なカリスマ性を持った生徒会長率いる、教師やPTAをも凌ぐ発言力を持った、漫画かアニメのような奇人変人ときどき凡人の集団。
それが、第九高校の生徒会なのである。
俺もその一員で、今日はとある企画のために召集されていた。
「……という訳で、諏訪さんの企画は賛成者多数で採用される事になったが、反対意見はあるかい? なければ拍手を」
第九高校名物のひとつ、生徒会長、通称『Sハク』こと鶴屋紀夫の一声に続き、ぱちぱちぱちと拍手が鳴った。
「皆さん、ありがとうございます! 企画の発案者として頑張りますので、どうぞよろしくおねがいします!」
第九高校生徒会のもう一つの名物、諏訪めぐみが一礼した。
スカートの下のジャージさえなければ、俺は彼女を真面目な生徒会役員として見れるのに。実にもったいない。
しかし、俺のとなりに座る幼馴染の東勇作は、そんな事も意に介さずデレデレとした顔で、諏訪めぐみに拍手を送っていた。
「では、早速こちらの方に笹の発注をしてほしい。最低でも三メートルは欲しいかな。そうだなー……運動部は大会で忙しいし……そこの帰宅部。八坂、東」
Sハクは、俺と勇作を指名した。
「すぐにこちらの樹木園に笹の発注を頼む。ついでに、七夕飾りの調達も頼むよ。なるべる安く、なおかつ豪奢なものを揃えて来てくれたまえ」
Sハクはつかつかと僕らの方へ歩み寄り、メモを手渡す。
ぽんぽんと豆鉄砲のようなご命令に圧され、俺と勇作は他の生徒会役員の哀れみと安堵が入り混じった視線に見送られながら、会議室を追い出された。
「くっそ、Sハクめ……諏訪さんと同じ仕事につかせろよぉぉお……!」
俺は、恨みがましくドアに追いすがろうとする勇作の首根っこを掴む。
「諏訪は発案者だから別の仕事があるんだろ……それなら、俺たちが先回りして動いて諏訪の負担を減らしてやろうぜ」
「おおっ、さすが玲一、あったまいいな!」
「当然だろ。お前の頭がアレすぎるんだ」
俺はぐりぐりと勇作のいがぐり頭を撫でる。
こいつの髪型は小学生の頃からずっと変わらない。
俺は勇作とは小さい頃からの幼馴染……というか、俺たちの母親が元々幼馴染で、だから俺たちは当然のように一緒に遊び、同じ小学校に入り、同じ中学へ行って、同じ高校に入った。
俺と東は、ずっと一緒だった。
初めて二人だけで遠くへ釣りをしに行って、迷子になったときも。
道端に落ちていたしわくちゃのエロ本をどきどきしながら開いたときも。
公立なんか行ける訳ねーよ、と東が泣きついて、徹夜で勉強したときも。
いつだって、俺と東の二人だった。
この生徒会だって、勇作が絶対やりたい、と行ったから、集団行動が苦手な俺も我慢して入ったんだ。
諏訪めぐみが目当てだと知っていたなら、たとえ勇作がやりたいと言ったとしても、絶対やらせなかった。
生徒会長が指名した、とある園芸屋。
ランニング姿に頭にタオル、という出で立ちで現れた店長さんに、俺たちは半分無理だろうという気持ちで、笹の発注をしにいった。
「体育祭と文化祭の間を埋める行事が欲しい」と考えた諏訪めぐみは、『大』七夕祭を行おうと提案した。
これまでのように、多目的ホールの隅にみみっちい枯れた笹と短冊を置くのではなく、玄関横の吹き抜けのホールを利用して、大きな笹を設置して一階と二階から短冊を飾れるようにしたり、『七夕飾りコンテスト』なるものを開いたりなどなど、話だけ聞けば中々に面白そうだった。
話だけ聞けば。
「七夕に使うんすけど、三メートルの笹なんて、無理っすよね。うちの生徒会長と書記、ほんとアホで」
「ちょっ、玲一! 諏訪さんをアホとか言うなよ!」
「いや、アホだろ。こんな無茶としかいいようがない企画考えるなんて、俺たちに対してとんだ無茶振りだぞ」
しかし、店長さんは俺の弱音を綺麗にまるっとスルーして、「よしっ」と立ち上がった。
「いいんじゃないか、こういうのは! なかなか面白いし、学生のうちにしか出来ないんだぞ」
いやあ懐かしいなあ! 僕も昔はいろいろとバカなことしたんだよ!
ここにはいないSハク、そして諏訪めぐみと意気投合して、店長さんは膝を叩いて立ち上がり、「任せとけ! 取って置きの笹を用意してやる!」と店の奥に消えていった。
俺たちは、笹の代金やら何やらを聞き損ねてしまった。
俺と勇作は、夕日が差す道をのろのろと歩き、学校へ帰っていた。
勇作は、ホームセンターで買った七夕飾りが入っている袋を、両手に重そうにぶら下げている。
俺も持つよ、と言ったのだが、断られてしまった。
「玲一はほっそいから、持ったら腕折れちまうだろー!」
本気なのか、冗談なのか、分からない。
確かに、俺の腕は勇作に比べたら弱弱しい。
だけど、勇作に気遣われるほどではない。
やがて勇作は重い荷物を持つのに疲れたのか、調子はずれな七夕の歌を歌いながら袋をぶんぶんと振り回し始めた。
「やめとけよ、落ちるぞ」
「遠心力だから大丈夫だってー!」
こいつは小学生の時にも同じことを言って、『さんすうセット』を道路にぶちまけた事がある。
あの時は勇作が「おはじきがいっこない」と泣いて、俺を日暮れまでおはじき探しに付き合わせた。
結局そのおはじきは見つかることはなく、捜索は俺と勇作が心配した両親に拳骨で叱られるという結果で終わった。
「なあなあ、お前、短冊なに書くよ?」
勇作が人懐っこい声で俺に問いかける。
「んー……特に何も」
「えー、お前、普通はさ、この年ともなれば煩悩まみれだろ! 何枚あっても足りねーよ俺は! 小遣い増えますようにとか、銀チョコ並ばずに買えますようにとか、学食がもうちょっとボリューム増えますようにとか!」
煩悩って、それはほぼ食欲じゃないか。
「あと、彼女が出来ますようにとか!」
ああ、これだよ。
勇作、お前、俺がどんな気持ちでそんなこと聞いてるか知らないんだろ?
「……俺はいらねーよ。お前はさ、ほら、アレだろ? 彼女っつーか、諏訪めぐ……」
「わーっ、それ以上は言うなよー! プライベートー! ぷーらーいーべーえーとー!」
言うなと言いながら、勇作はわざとらしくくねくねと照れ始めた。諏訪めぐみの話が出来るのが嬉しいんだろう。
勇作は彼女にぞっこんだが、俺は彼女の何がいいか理解ができない。
諏訪めぐみは、小柄でショートヘアの、登校するときには自転車を爆音が上がる勢いで漕ぎ、特に何も言われない限りはスカートの下にジャージを履いて過ごし、よくからからと口を開けて笑う、そんな女子だ。
俺は、もう少しおとなしいタイプが好きだから、諏訪めぐみは友人として付き合うのはいいものの、恋人にするには元気すぎてちょっと、という種類の人間だった。
勇作も同じだと思っていた。ところが、これだ。
お前、彼女にするなら清楚なやまとなでしこってうざいくらいに語っていただろうが。
……いや、こいつは馬鹿だから、やまとなでしこの意味を勘違いしていたのかもしれない。