雨 恋
「やっぱり帰ろう」
「なんだよ。平気だよ。靴、買うんだろ?」
「明日でいいよ。春休みなんだから、明日でも、明後日でも。良ちゃんの調子のいい時で」
心配そうな顔の薫を見て、
「俺、そんなにヤバい?」
良が溜息をついた。
「うん。なんだか……消えちゃいそう……」
薫の言葉に、良の目が丸くなる。
「そうだ!」
薫が肩にかけたバッグから何やら取り出した。
「これ。この前、お母さんと出かけた時に見つけたの」
そう言って、細い小さな赤い輪を二つ、てのひらに乗せて見せる。
「可愛いでしょ?」
「何、これ?」
「ピンキーリング。小指につける指輪。こうやって……」
と、薫が自分の指にはめる。
「ね! なんだか、“赤い糸”の輪みたいじゃない?」
良に見せ、そのまま良の手を取り、もう一つのそれをはめて手を繋ぐ。繋いだ手の小指が隣合わせに並ぶと、指輪の赤が本当の糸の赤と重なった。
「“赤い糸”で結ばれてるから、ずっと一緒だよ、私達」
「……薫……」
「だから、今日は帰ろう。無理しないで、明日、また来よう」
「……分かった……」
処罰の期限が迫っている事に、ソーマは気が付いた。
――――――――――――
『……ソーマ……』
良の部屋で横たわるソーマにトールが寄り添っている。
「……お前、仕事は?」
声を出して話しても、良の家族に聞こえる事はない。
『今、仕事中』
そう言って、ソーマの手を握る。
『明日も会うんだろ?』
握った手から自分の天界のエナジーをソーマに移す。ソーマの姿が消えてしまわないように……。
「トール……。天界にバレたら、お前まで、罰……」
『“ついてろ”って言ったのはあっちだよ。だから、これは任務』
「でも……」
『最後まで見守って来いって、そう言われた』
そう。それ以外は何も言われていない。エナジーを移してはいけないとは、一言も。
「お前ってば……バカ……」
クスクスとソーマが笑う。
『ひどいな! それはお互い様だろ?』
トールもクスクス。
「な、トール。バカついでに、一つ頼んでいい?」
『何?』
「もし、俺が、薫の目の前で消えるような事があったら……」
ソーマの語りかけに、トールが冷静に頷く。
「あいつが、二度、哀しむ事がない様に……」
『……分かった……』
窓の外に流れ星がひとつ、光の尾を引いた。