雨 恋
冬には似つかわしくないサンダルを履いて、そのまま、よく行った駅前の広場へと歩く。
『薫! 薫! どうした!?』
聴こえない事は分かっていても、思わず声を掛けてしまう。
『薫!?』
歩道橋の上、立ち止まる薫の姿に不安が押し寄せる。
「……良ちゃん……」
『薫! ダメだよ! 君まで逝っちゃダメだ!!』
――― 『見守るのが、仕事だよ』 ―――
トールの言葉がよぎる。
「……今、行くね……」
『薫っ! 俺の声を聴いて!!』
薫がサンダルを脱いだ。
『薫!!』
柵にかかった薫の小指で赤い糸が風に揺れる。
『トール! ごめん!!』
空に向かって叫ぶと、ソーマはその糸の端を自分の小指に結んだ。
「何やってんの、お前?」
「良ちゃん!?」
ソーマは、自分の存在を人間界へと委ねた。
『バカッ!!』
トールがソーマの声に気付いた時、ソーマの姿は別の世界へとその存在を変えていた。
慌てて上級天使に報告に行くトール。
『……それで?』
『だから、ソーマは彼女を助けたくて! 命を救う為なんです! だから、処罰は……』
必死で訴えるトールに、上級天使が微笑む。
『処罰は我々が与えるものではないのだよ』
『でも……』
『摂理に逆らった者の処罰は摂理が下す。世界が出来た時からの習わしなのだから……』
『じゃ、ソーマは……』
『既に、処罰の中だ』
後は見守る事しか出来ない……、と上級天使の笑みが憂いを帯びた。
「ね、良ちゃん。学校へはいつから?」
街の中、薫とソーマが手をつないで歩いている。
「さぁ……。病院の許可が下り次第だな」
「練習も?」
「だな」
こうやって週末ごとにデートをしているのに一向に登校しない良に、薫が不安気に寄り添う。
学校? 練習?
行ける訳がない。何故なら……。
――― 「ね、あの子、ひとりで何を話してるんだろ?」
――― 「いま流行の“天然星人”?」
――― 「やっだ!!」
道行く人達が振り返る。ひとりで話して、ひとりで笑っている薫を見て……。
そう、ソーマの姿は薫にしか見えていないのだ。糸で繋がっている人間にしか、その存在を示す事が出来ない。それが、ソーマに架せられた“処罰”だった。
『ソーマ!』
トールがソーマに話しかける。
『まだ間に合うよ。その糸を解いて、戻って来い!』
その声にソーマが首を振る。