雨 恋
「バカね。ここから、岡野くんに“頑張れ”って言ったとするじゃない? そうすると、フィールドにいるみんなにも聴こえるんだよ」
“あんた、知らないでしょ?”と洋子が続ける。
「矢野っち、人気あるんだよ。その声で、どれだけの“おバカさん”が調子にのると思ってんの」
と、クスクス笑いながら洋子が指差すグランドの視線が一斉にこっちに向けられている事に気付く薫。
「……でも……。応援なんて、恥かしいから……」
残念そうに去る洋子に小さく手を振り、薫がグランドに向かってペコリと頭を下げるのだった。
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『あの少年とあの少女を担当してもらう』
“運命の天使”に昇格して、初めての仕事だった。まだ幼い少年・少女。赤い糸の年齢には程遠い気がしたのは否めない。
『まだ子供じゃないですか?』
おこがましいと思いつつ、ソーマは上司である上級天使に疑問をぶつける。
『年齢だけではないのだ。変わらぬ想いを抱き続けている年数も対象になるんだよ。少年の想いは十年を越えた。見てごらん、少年の小指を……』
上級天使の指差す先に、生まれたばかりの赤い糸が見えた。
『あの子の想いは生涯変わる事はないだろう。そして、少女の糸が芽吹くのもそう先の事ではない筈だ』
ソーマの仕事は、二人の想いが変わらぬように見守る事。そして、少女に芽吹いた糸を少年の糸と繋ぐ事だった。
『何かあったら、報告しなさい』
その日から、ソーマは二人を見る事となった。
活発で明るい良。大人しくてちょっと天然な薫。
『あれ? 良って、俺に似てる……?』
笑うと出来る片笑くぼ。ちょっぴり三白眼な目。気付いた時には、良に自分の姿を重ねていた。
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「明日、勝ったらベスト4だね」
ピンクの傘を少し上に掲げ、薫が良を見て笑った。
「何やってんの、お前?」
背伸びして傘をさす薫の頬を良が突付く。
「だって、良ちゃん、濡れちゃう!」
平均より背の低い薫。長身の良が濡れないようにと必死なのだ。
「俺が持つよ」
手を出す良に薫が首を振る。
「ダメだよ。良ちゃん、クラブバッグ重いのに!」
ガンとして傘を渡さない薫。クスリと笑った良が、そのまま身を屈め薫の肩を抱き寄せた。
「良ちゃん?」
「こうすりゃ濡れないじゃん?」
急に近付いた良の顔。薫が真っ赤になって下を向く。