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ランドセルの神さま

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「お前鈍いから分からんやろうけど、ここは俺らの定番プレイスポットや。よう見てみい。ちょこちょこいるやないか」
 息子に悟られないように、周囲を見回す。子供だらけだ。今時の洒落た子供もいれば、田舎くさい学童服を着た修学旅行のグループもいる。外国人の家族も多く、特に中国人のように見える子供が目立つ。
「え? 全然分かりません」
「は?」
「は? って言われても……」
「今目の前横切ったやんほらあれ」
 死神の言う方に目を向けると、確かに二人組の小学生がいる。二人ともブーツカットのジーンズを履いて、片方は背中に51とプリントされたトレーナーを着ている。シアトルマリナーズ。イチローだ。ランドセルも背負っていない。
「だって、ランドセル……」
「置いて来るねんっ。どうせ誰も盗らへんしそもそも見えへんし大したもんも入ってへんねんっ」
「じゃあ、なんで……」ザキは死神のランドセルを見た。
「落ち着かへんねんっ。ほっとけっ」
「でもそれにしてもイチローの服着てましたよ」
「イチローがどないしたん。普通やないか」
「だって若過ぎるじゃないですか」
「お前アホか。死神かてベテランもいればなりたての若いもんもいんねん。年寄りがこんなとこ来る訳ないやろっ。俺らの世代はやっぱあれやろっ、スペースマウンテン。あれ最高ちゃう? なんか極楽浄土をぶっとばしてるみたいでスカっとすんねん。せやろっ?」
「僕はスピードとか苦手なんで……」
 死神はがっかりしたように口を開き、ボールを蹴る格好でコンクリートの路面を擦った。
「ほんなら何が好きやねんっ」
「あ、まあ、イッツアスモールワールドとか」
「あれは二番目に最高やっ。泣けてくんねん」
「パパ誰と話してるの?」
 痺れを切らした海斗が、ザキの手を強く引く。
「ん? お仕事の人だよ。ごめんね、もうちょっと」
「お仕事。そんなんいっぺんもした事ないけどな。俺ちょうど今それに乗ろうとしてたとこやねん。一緒に行こか?」
 ザキは小さく溜め息を吐いた。
「すいません、今行って来たばっかなんで」
「ほうか。まあええわ」
 そう言って暫くの間、死神は黙って息子を見ていた。海斗はザキの手を引き、今にも走り出しそうだ。
「ええなあ、子供」
 死神が呟き、ザキは「はい、いいもんです」と答えた。水鳥が飛んでいる。この場所に何故烏がいないのかいつも不思議に思う。
「あかん」
 死神が大きく鼻を啜った。
「涙出て来てもうた何でやろ」
「分かんないけど、分かります」
「お前、しっかり生きいよ。人生なんかあっという間やぞ」
「はい」
「あーっ。ええなあ。俺も子供欲しかったなあ。ま、子供の格好でこんな事言うのも変やけど。糞っ、お前、上戸彩のおっぱい見た事ないやろ。俺はあるで」
「ほんとですか?」
「嘘あるかいっ、俺らは暇な時はどこでも好きなとこ行けんねん。有名人のセックスなんかどんだけ見たか分からんぐらいや。どやっ、羨ましいやろっ」
「はい」
「糞、あんまり羨ましそうやないなあ。俺らは下手な芸能レポーターよりよっぽど事情通やねんで。なんせ殆どのアイドルのおめこの色まで知ってんねん。どやっ」
「羨ましいですけど」ザキは横目で息子を見た。聞こえていないとは言え、息子のすぐ横で芸能人の性器の色は聞けない。「今、ちょっとそんな気分じゃないんで」
「そりゃそうやな。ここは夢の国や。何がおめこやねん」
 死神はザキの膝にパンチを入れ、躓きそうになる彼を笑った。
「なあお前」
「はい」
「同い年やねん」
「誰がですか?」
「俺や」
「誰とですか?」
「お前や」
「年上って言ってませんでしたっけ」
「俺の方が半月早い」
「まあ」ザキは少し考えてから言った。「別にいいですけど」

 シンデレラ城の周りでは場所取りが始まっていて、パレードの予感が漂っている。誰かの手から逃げ出した風船が、広い空の中で小さくなって行った。
 いちいちついて来なくてもおしっこぐらい一人で出来ると息子はふくれ、結果トイレの入口前で空を見ている。ザキの隣で壁に凭れながら、死神も風船の行方を目で追っている。
「ああ、もう見えんようになった」
「僕もです」
「ええなあ」死神は一度息を吸って、また口を開いた。「こうやって時が流れて行くねんなあ」
 ザキはそれに答えず、ただ青い空を見ている。
「俺はいつまでこんな事しとるんやろう。同い年やのにお前には家族がおって、俺はひとりぼっちや」
「すいません」
「ええねん」死神は寂しそうにそう言って、ザキの顔を見上げる。「しかしお前元芸人のくせにオーラゼロやな。さっきからだいぶ経つけど誰もお前に気付いてへんやん」
「ああ、そう言えばそうですね」
「あん時はあんだけおもろかったのにな」
 ザキは不思議に思って、死神を見た。死神は両手を腰にあて、腰をつんと突き上げた。
「俺は永遠のお笑い大好きっ子やねん」
「でも僕が売れた時期って、もう、あの、亡くなって」
「今でも見てるわっ。トロいやっちゃなあ、ディズニーランドも来るしテレビも見るねんっ」
「あ、そうか」
「そうかってお前、しっかりせえよ。ただの天然のおっさんやん」
「すいません」
 ザキは恥ずかしくなって鼻の脇を掻いた。
「そういうリアクションが地味過ぎんねん」
「だって俺もう芸人じゃないんで」
 死神は出来損ないのポンコツロボットを見上げるように、呆れ顔でザキを見た。
「夢破れてただの人」
「上手い事まとめましたね」
「お前に褒められても嬉しないわ」
 死神は、すんと鼻で息を吸って顎をしゃくった。顎の指す方に目を向けると、海斗がズボンのチャックを上げながら、駆け寄って来る。
「海斗、また手洗ってないだろ」
「えー、洗ったよ」
 海斗は乾いた手をズボンに擦る。
「こいつ絶対洗ってへんで」
 パレードの先頭が、少し先に見えている。ファンファーレが鳴り響き、拍手が起こった。三人は人混みの中に隙間を見付け、ザキを真ん中にした横並びで、ゆっくりと踊りながら近付いて来る隊列を眺めた。
「お前はええなあ」
 死神が言い、ザキは彼を見る。眉毛の動きで、何で? と聞く。
「勝ち逃げやん」
「え? 何がですか?」
 死神はあからさまに不快そうな顔をして、チッと舌を打った。
「青春終わったって感じですっかり落ち着きくさって」
「それが勝ち組ですか?」
 正面に停まったフロートの上で、ミッキーマウスが手を振っている。偶然手に入れたベストポジションに、興奮した息子の手の平が湿っている。ザキが普通の声で話しても海斗は気付かず、ザキ以外の人間から見たら小さな空白になっている筈の場所で、死神は哀しそうな目をする。
「当たり前やないか」
「何言ってんすか。俺なんか負け組もいいとこっすよ」
 死神は暫くの間、答えずにいた。笑顔のダンサー達が、踊りながら近付いて来る。選ばれた小さな女の子が、輪の中に入ってステップを踏む。
「なりたかってん」
 学帽の鍔で出来た濃い影が、死神の表情を隠している。薄い唇が、小さく動く。
「芸人に」
 ザキは目を逸らして、フロートの上のミッキーマウスを見た。
「なりたかったなあ」
 死神が顔を上げるのが、気配で分かった。
「なれるわけないのに、いまでも、なりたいねん」
作品名:ランドセルの神さま 作家名:新宿鮭