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ランドセルの神さま

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「なんじゃあワレ。頭叩くってどういうことじゃ、さっさと車出さんかい。この雲助がっ」
 反撃した半ズボンが運転席の背もたれを蹴飛ばし、同時に石川さんの膝を撫でている。見た目は子供でも、態度はまるでたちの悪い田舎やくざのようだ。石川さんは呆気にとられた顔でされるがままになり、ザキは露になった白い太腿をちらりと見た。
「おいこら鼻糞っ。お前なに見とんじゃ、見せもんやないど。あっち向いとけ!」
「見てないよ」ザキは目的語のない自分の答えに恥ずかしくなり、むきになった。「うっせなー」
 石川さんから子供を引きはがし、ヘッドロックをかける。腕には肉や骨格の感触があるのに、なぜか体温を感じない体だ。小学生は「おんどりゃー」と唸りながら、頭を引き抜こうともがく。
「放せ鼻糞っ、そんなんしたって無駄じゃ、俺はなんも知らん」
「うそつけっ」ザキはいつの間にか、精神年齢が入れ替わってしまったように感じた。小学生の子供に接しているのに、爺さんを虐めているようなイメージが頭の中に浮かぶ。そうだ、彼らは自分よりもずっと年上なんだ、確かあの世でもそう言っていた。腕の力を弛めると、つるりと抜けた頭がすっと下がり、直後に強烈な頭突きを食らった。
「静かにしてください」
 気を取り直した石川さんが決然と言うと、小学生の背中が先生に怒られたみたいに伸びた。石川さんの手には、いつの間にか小さな手帳が開かれていて、彼女は一度牽制するように小学生を睨みつけた後、そこに書かれた文字を読んだ。
「お答えください。いち。あなたは、何歳ですか?」
「はあ? 歳? 歳なんかとうに忘れたわ。少なくともお前らの親よりは上じゃ。子供扱いしたらしばきたおすぞ」
「に。あなたの名前は何ですか?」
「名前? 主村正一じゃ。ちゅうか普通先に名前やろっ。なんで先に歳聞くねん」
 石川さんはそれに答えず、小学生を見ている。目線は小学生に置いたまま、慣れた手付きでメモを取っている。全く手元を見なくても、石川さんには手帳のスペースが完璧に分かっているようだ。
「それでは西村さんに質問します」
「ヌシムラじゃ! われ今度間違ごうたらイテまうぞうらぁ」
「それでは主村さん次の質問です、さん。あなたたちはみんな子供の時に亡くなって、それからずっとこの世で人が亡くなるのをチェックしてノートに記録している。私の想像ではそれを、例えばあのギター教室を通ってあの世に持って行って、天国の門番みたいな仕事をしている同じような小学生の男に渡す。それでその子は、死後にやって来る魂をチェックして、そのノートを照らし合わせる。その中でまれに、魂とノートに記載された人の名前に不一致があって、そういう魂はあの世から追い返される」
「長いわっ、それ何頁分あんねんっ」
 小学生は大袈裟に頭を振って突っ込み、ザキはそのタイミングに天性のものを感じた。
「ねえちゃん、あんた真顔でそんな話してたらこの世界じゃ完全に頭パーの気違いやぞ」
「はい、分かっています。私の話、ここまで合ってますか?」
 石川さんはまた、小学生を見据えた。
「まあ、合うてるけどそれがどないした」
「さん、の続きです。あの世から追い返された人は、前提として他の人からは見えない〈あなたたち〉の存在が見えるようにる。わたしの想像は合っていますか?」
「それで3終わりか? 意外にあっけないなあ。まあええか、それで合ってるんちゃう? 俺に聞いたって知らんわ。俺かてよう分かってへんもん。それより早よ車出せや。こんなとこ長い事停まってたら迷惑やし不自然やぞ」
 純也は舌打ちし、メーターを上げた。ウインカーを出したタクシーは、ゆっくりと通りに合流し、次第に速度を上げた。ザキは料金メーターに目をやり、財布の中の金額を思い出そうとした。
「よん。です」
「まだあるんかいっ」
「なぜあなたたちはみなさん関西弁なんですか?」
「はい? じゃあ面倒臭いから一気に言うでえ。その後また質問したって無駄やぞ。知ってる事全部話すからな。5以降は欠番や」
 小学生はシートの上で胡座を組んだ。そして一度、えふんと喉を鳴らした。
「まずこのねえちゃんにもさっき言うた通り俺はお前らよりもめちゃくちゃ年上や。ほんでこの鼻糞が言うてたようにお前らからしたら俺らは死に神かも知らん。そんなようなこと毎日やっとるからな。なんの必然性があってこんなことやってるかは、俺ら自身もよう知らん。だいたいがお前らかって何の必然性があって生まれてきて飯喰うて糞して寝てるんかようわからへんやろ。どや、核心突いとるやろ。こんなこと三十年やそこら生きてたくらいじゃ言われへんぞ。ま、俺らの仲間にはほんとに小学生ぐらいのやつもおるねんけど」
「え、本当に小学生の小学生もいるの?」
 小学生は汚い物でも見るような目でザキを見て、はあと溜め息を吐いた。
「鼻糞には分からへんかも知れんけど、可愛い子ちゃんなら分かるやろ。俺らはみんな早死にした子供やねん」
 石川さんは目を伏せて頷き、小学生の肩は少し寂しそうに下がった。
「誰かに説明受けたわけやないから想像の域を出えへんけど、俺ら自身の解釈はだいたいこうや。この世に生まれてちんちんに毛も生えんうちに死ぬのは可哀想やろ? どうや? 赤ん坊やら幼稚園ぐらいで死ぬならまだ大した自我もないからいいかも知れんけど小学生になったらもうある程度世の中のこと分かってるやん。不公平やろ。やっと始まったのにすぐ終わりやん。とにかく俺らは死ぬときごっつさみしかってん。恐かってん。ほんで死んだらやな。何で死んだかも誰の子やったんかも何か頭に霞がかかったようにうろ覚えになってな。気づいたら手帳と鉛筆もって東京におってん。ほんで誰も俺に気づいてくれへん。話しかけても応えてくれへん。せやけど何となく分かってんねん。ああ多分この手帳に書いてある人が死ぬのをチェックする係になったんやなって。俺らはあっという間に早死にした可哀想な存在やから、神さんに居残りで仕事貰ってるんやなって。俺らが見届けて手帳の名前消すと、魂みたいなひょろっとしたちっさい雲みたいなもんが俺らの体んなかとおってすーっとあがっていくねん。そんときにな、なんかジェットコースター乗ったときみたいな変な感じになる。お前らがやってるセックスちゅうもんもこんなんかなって。おまえらいつも出すくせにいくいく言うやろ。あほみたいやけどそんな感じやねん。ま、これは余談や。で、なんやったっけ。なんで俺らが関西弁か、やったな。答えはある意味簡単や。俺らが全員大阪の生まれやからや。横浜には神戸のやつらがおって鎌倉あたりには京都のやつもおる言う噂や。理由は分からへん。せやけど昔から決まってるんと違うか。大阪行ったら東京弁の小学生がノート持ってちょろちょろしてるんちゃう。大阪の人間が東京もん気に入らんのはそのせいかもな。きっと何かあんねん」
「とりあえず駅だけど」メサイヤの純也がタクシーを減速させながら言った。「どうする? 皆でどっかドライヴでもするか?」
 ザキは時々格好良くなる純也に、目を輝かせた。
「いや、それもええけどドライヴはここで終わりや。分かんねん」
作品名:ランドセルの神さま 作家名:新宿鮭