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初恋

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 その年の夏のことはよく覚えている。
 平凡なはずの夏休み中、相良君と先輩がとある事件に巻き込まれて入院した、という連絡網が回って来たのが、八月半ばのことだった。
 物凄く理不尽な事件で、どこかの頭のおかしいひとが手作りの爆弾を山ほど抱えて駅前の喫茶店に立て篭もり、「もうすぐ世界が終わるからその前に誰かを巻き添えにして死んでやるんだ」とかいう迷惑なことを一通り喚いた挙句、その喫茶店の従業員やそこに居たお客さんを一室に閉じ込めて爆弾に火をつけ、凄い爆発を起こして相良君以外の全員を殺してしまったのだ。しかも肝心の犯人は、爆発が起こる直前に「やはり死ぬのが怖い」と半狂乱になって警察の包囲網をかいくぐり、すたこらさっさとどこかに逃げ出してまだ捕まってないというのだから、理不尽にも程があると思う。
 相良君と古賀先輩は、その喫茶店で待ち合わせをしていて偶然事件に遭遇した。二人とも人質になり、二人とも爆発に巻き込まれて、古賀先輩は死んでしまい、相良君は事件のたった一人の生き残りになった。
 クラスメイトと直接の先輩がそんな事件に巻き込まれて、しかもその犯人は行方不明だなんて、なんだかどう考えてもやりきれない。そんなやりきれない気持ちを抱えたまま、あたしは古賀先輩のお葬式に行った。世間でかなり騒がれた事件で、狭い式場にはやはりかなりの量のマスコミがおしかけたが、そんなこととは関係なく、白黒写真の先輩はやっぱり綺麗な顔で笑っていた。
 そうして、古賀先輩のお葬式から少しして、「生き残った相良君のお見舞いに行こう」とクラスメイトたちの中で話が持ち上がったのは、ある意味当然の流れだっただろう。
 皆で病院に押しかけるわけにも行かないので、担任の先生と話し合って、クラスの代表者が一人、皆からのお見舞いの品を持って病院を尋ねることに決まった。
 そして、なんでだか、どうしてだか、いつのまにかその役目はあたしと言うことになっていた。
 相良君とは委員会が同じだし、なにより病院と家が近かったということが、まず最初に理由としてあげられたように思う。
 皆で集まって、千羽鶴を折った。「早く元気になってね」というような内容が並べられた色紙を書いた。
 リボンがかかったマンガ本やら、回復祈願のお守りやらが一つの紙袋にいれられて、あたしの手にゆだねられた。
 あたしはなにがなにやらわからないまま病院に向かい、そうして、面会謝絶の札がかかっている病室の扉の前で、やっぱり途方にくれてしまった。
 思えばまだ事件からいくらもたってない。相良君は死にかけたとかいう噂だし、早々家族以外の人が面会できるような状況じゃないのは、考えればすぐにわかることだった。
 とはいうものの、クラスメイトたちから預かってきたお見舞いの品を、このまま廊下に置き去りにしていくわけにもいかない。
 それであたしがまごまごと廊下で立ち往生していたら、後ろから声をかけられた。
「あれ、魚住さん?」
 振り返ると、芹沢君が立っていた。
 赤いTシャツに、ジーンズをはいていた。私服の芹沢君を見るのはそれが初めてだった。
「え、あれ、芹沢君?」
「うん、どうしたの、魚住さん、こんなところで」
 あたしは病院に芹沢君がいたことに一瞬戸惑って、芹沢君は不思議そうな顔をした。
 考えてみたら、芹沢君は相良君の幼馴染で、とても仲が良い訳だし、病院に芹沢君がいても少しもおかしい話ではなかったのだ。
「えーと、あの、その、一応、クラスの代表でお見舞いに……」
「あー、そか。ご苦労様だなー」
 芹沢君はあっけらかんと笑った。それから、面会謝絶の札がかかってる病室のドアを、顎でさした。
「洸っち、さっき寝たばっかりなんだ。もう少し前なら起きてて、話とかできたんだけど。なんだったら預かっとこうか?俺が。俺、夕方洸っちのおばさんとおじさんが来るまでは病院にいるから」
「あ、じゃあそうしてもらおうかな……なんて……」
 ほれ、と気軽に差し出された手に、あたしはクラスの皆で折った千羽鶴や、寄せ書きの色紙などが入った紙袋を渡した。
 そうして、それじゃ、と踵を返して帰りかけたあたしの背中に、芹沢君の声が当たる。
「あ、なんか飲んでくか?奢るけど。来てすぐ帰るなんてのもアレだし、暑かっただろ、外」
 そうしろよ、な?なんて芹沢君は笑った。
 どうやら気を使ってくれたものらしい。
 あたしは、肩越しに振り返って、思わずマヌケに「うん」なんて返事をしてしまった。





 日曜日の病院は薄暗くて、誰もいなかった。売店も閉まっていたので、芹沢くんは自動販売機でジュースを買った。
 芹沢君はあたしにカルピスの紙コップを渡すと、自分はコーラの紙コップを片手に、病院の待合室に並ぶ椅子に座るあたしの隣へと、どすんと反動をつけて座った。
 衝撃で、すこし椅子が揺れた。たぷんと、カルピスも踊った。
「あー、えーと、その……よ、良かったね、相良君無事で」
 何か話さなければと、微妙な強迫観念にかられてあたしが口を開くと、芹沢君は頷いた。
「うん。なんか爆発に巻き込まれたって話聞いた時は、なんかもうダメなんじゃないかって思ってたから、良かった」
「そうだよね、良かったよね……えー……」
 どうにも会話が続かない。
 あたしが困って語尾を途切れさせたら、芹沢君が思いついたみたいにそう言えば、と言った。
「見舞いにきても、洸っちに事件のことは話すなって、皆に言っておいてくれないか」
「え?なんで?」
 あたしが聞き返したら、芹沢君は横顔で困ったように笑った。
「覚えてないんだ、洸っち。事件のこと、何にも……ユカリ先輩のことも」
「…………まさか」
「ほんとに覚えてないんだ。事件のことだけじゃなくて、付き合ってたってことどころか、ユカリ先輩の存在自体覚えてないらしい。原因はいろいろあるらしいけど」
「でも、だってそんな……あんなに」
 仲が良かったのに。
 あたしが言わなかった最後の言葉を察したように、芹沢君はゆっくりと視線を床に落とした。
「うん。……だけど、覚えてないんだ。しょうがないんだ。洸っちのおじさんとか、おばさんとかもさ。忘れてるなら忘れたままにさせてやりたいって……まあ当然だと思うけどな、それは」
「……だからってそんなの、覚えてないなんて、それじゃ古賀先輩が……」
「忘れるほどショックだったって言うこともあるだろ。だから、俺もそっちの方がいいかなって、もう。忘れたなら、そのままで。犯人が捕まらなくなるのは……ちょっと、うん、何て言ったらいいのか分からないけど」
 喫茶店を爆破して、それから行方が知れない犯人の素顔を知ってるのは、生き残った相良君だけの筈だった。
 他の誰も、警察でさえ犯人の顔は知らないのだ。それなのに事件のたった一人の当事者である相良君が全てを忘れてしまっている、ということは、つまりあの事件の犯人を捕まえる事はもう絶望的だということになる。
「…………芹沢くんは、それでいいの?」
 それなのに、洸っちあれで繊細だから、なんて笑う芹沢君を見ていたら、なんだか無償に胃の辺りが重くなった。
 両手の中で、カルピスの紙コップがゆっくりと湿っていく感触に、それはよく似ていた。
作品名:初恋 作家名:ミカナギ