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チューリップ咲く頃 ~ Wish番外編② ~

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「ただいまーっ!!」
 玄関の鍵を開けて、誰もいない部屋に挨拶をする。
「おかえりなさーい!!」
 ……誰もいない筈の部屋から、なぜか返事が……。
「今、帰ってきて、今、行こうとしてたとこよ」
 グッドタイミング♪ と親指を立てる、
「お母さん……」
 母であった。
「来なくていいって言ったのに……」
 今日は“保護者面談”なのだ。仕事が忙しいだろうから来なくていい、と断った。言っておくが、“素行が悪い”とか“成績が悪い”とかは理由ではない。断じてそうではない!
「だって、お仕事で“家庭訪問”をお断りしたでしょう? 一度くらいは行っておかないと……。早退できそうだから、この前、先生に直接、電話したのよ」
 と母。
「わざわざ早退までしなくても……」
「あら! 何か不都合な事でもやらかしたの?」
 悪戯気に、眉をピクリと上げて母が笑った。
「んな訳ないだろ! ……ま、可もなく不可もなく、ってとこかな」
 行ったって、つまらないだけだよ。と慎太郎が憎まれ口を叩く。
「いいわよー。息子自慢してくるからー!」
「え!?」
「じゃ、いってきまーすっ!」
「お母さんっ!!」
 母の出て行った後、一人残った慎太郎が溜息をついた。
「“息子自慢”って……。いい加減、子供離れしてよ……」
 一人になった我が家。ふとリビングのテーブルに書類が置きっ放しになっているのを見止める。
「また、途中で出しっ放し……」
 やれやれ、と開いている書類を片付ける。
「【○×保険】? また、生命保険……」
 これで何社目だろう? ま、入っている事で安心出来るなら、それでいいけど……。
 大雑把でおっちょこちょいの母だが、派遣社員としては信頼があるようで、とりあえず、生活には困らない程度に収入もある。
“ガサッ”
「おっと!」
 掴み損ねた書類が床に落ち、それに手を伸ばす……。
「……何……。これ……」
 落ちたのは、【戸籍謄本】。“世帯主・香澄”の後ろに、名前がふたつ書いてある。
「……な、んで……?」
 “世帯主・香澄”の後ろには“慎太郎・長男”……とある筈なのに。家族は二人の筈なのに……。
「……三人……?」
 母と自分の間に、もう一人。バツ印の付いている名前が目に入った。
「“木綿花・長女”……?」
 一瞬、頭の中が真っ白になり、次の瞬間、いろんな色が入り乱れる。
 “長女”に“長男”って……。確かに、小さい時から写真は二人一緒に写ってるけど、それは、木綿花の両親、つまり“伯母夫婦”が隣に住んでいるからで……。……確かに……、誕生日は……同じ……だけど……。
 書類に書かれている文字を目で追う。
「……誕生日……同じだ……」
 って事は……。
「ボク達、双子?」
 男女の双子は二卵性双生児だから、見た目は余り似ない。それでも、どことなく似ているのは自分達が“従兄弟同士”だから……だと思っていた。
 ――― テーブルの上に書類を揃えて、慎太郎はフラリと部屋を後にした。


 太陽の光が水面に反射して、水色の柵に足を投げ出して座る慎太郎の顔をチラチラと照らしている。
 幼稚園に入ったばかりの頃、見知らぬ男性と約束を交わした場所だ。あれから、辛くなると此処に来た。でも、あれから四年。一度も会う事はなかった。慎太郎は三年生になっていた。
 余りの急な出来事に泣く事も出来ず、ただ、ぼーっと水面を見つめている。
 自分達の関係を知ってしまった今、これから、どうすればいいんだろう……。母に、どんな顔をすればいいんだろう。伯父さんや伯母さん……木綿花に……。
「しんたろう……くん?」
 優しい声がして、思わず振り返る。
 グレーのスーツに、グリーンのネクタイ。銀に濃紺のバッジ。
「おじさんっ!?」
 驚く慎太郎に微笑を返し、男性が、四年前と同じ様に、隣に座る。
「随分久し振りになっちゃったね……」
 大きくなったね。と、慎太郎の頭を撫でる。
「ボクだって、分かった?」
 疑わしそうに自分を見上げる慎太郎に、男性がクスリと笑った。
「後姿がね、あの時と同じだった……。良かったよ、人違いじゃなくて……」
 とおどけたような笑顔を見せ、
「今、小3かな?」
 確認するかのように慎太郎を見る。
「うん」
「また、ゆうかちゃんとケンカした?」
 男性の言葉に首を振ると、続けて深々と溜息をつく。
「……おじさんさ……」
 輝く水面を見ながら、慎太郎が呟く。
「……好きな子と血が繋がってたら、どう思う?」
「君とゆうかちゃん? “従兄弟”じゃなかったっけ?」
 従兄弟同士なら婚姻は可能だよ、と微笑む。
「……それがさ……」
 慎太郎が、投げ出していた膝を両手で抱え込む。
「……ボク……弟……なんだ……。木綿花の……」
 膝越しに遠くを見る慎太郎の肩を男性が抱えるようにポンポンと叩いた。まるで、その事を知っていたかのように……。
「ショックが大き過ぎて、涙も出ない……」
「お母さんを責めるかい?」
 その問い掛けに慎太郎が静かに首を振る。
「そんな資格、ボクにはないよ……」
 自分にしろ、木綿花にしろ、充分に幸せである。責める理由などどこにも無い。
「ゆうかちゃんは、“その事”は?」
「何も知らない……。出来るなら、知らないままでいて欲しい……」
「自分の胸にしまい込むつもりかい?」
 頷く慎太郎。
「強くなったね、しんたろうくん……」
 男性の言葉に慎太郎が苦笑う。
「“母子家庭”だと、色々あるんだ。大人同士の悪口、とかさ……」
 そして、輝く水面に目をやる。
「木綿花には、こんな思いはさせたくないから……」
 男性が微笑みながら頷く。
「でも、あいつが“姉さん”だって思ったら……。ボク、どうやって話しとかすればいいのか分からない……。今までみたいにって、きっと出来ないよ」
 視線を水面から反らす事無く、また溜息をつく。
「……そうだね……」
 相変わらず肩を叩きながら、男性が続ける。
「急に“ゆうかちゃん”を“お姉さん”として扱うのは、難しいね。……じゃ、“弟”としてではなく、“しんたろうくん”として、何か出来る事を探せばいいんじゃないかな?」
 慎太郎が男性を再び見上げた。
「“今までみたいに”が難しいんだったら、“新しく”接し方を探せばいい」
「新しく……?」
「四年前と同じさ」
 あの頃と同じ夕陽を見て男性が言う。
「少し“お兄ちゃん”になればいい」
 ん? と微笑み、やっぱり慎太郎の頭を撫でる。
「……なれるかな?」
「なれるさ! 保障するよ!」
 あの時と同じ、優しい低い声でウインクを投げてくる。
「おっと!」
 腕時計を見て、男性が声を上げた。
「もう時間だ!」
「仕事?」
「そ! 息抜きに寄り道しただけだからね。戻らないと、怒られちゃう!」
 そのおどけた言い回しに噴出す慎太郎。
「ありがとう、おじさん」
 歩き始めた男性に手を振って笑顔を向ける。
「探してみる! ボクの出来る事!!」
 男性を見送って、慎太郎は土手を下りた。


 家に帰ると、テーブルの上の書類は片付けられていた。学校から戻った母が片付けたのだろう。「ただいま」とだけ声をかけ、宿題をするフリをして部屋に入った。