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チューリップ咲く頃 ~ Wish番外編② ~

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「だけど、言わなきゃ分からない事だってあるよね? しんたろうくんが辛いのは、お母さんもイヤだと思うな」
「……でも……」
 眉を寄せる慎太郎を見て、思わず微笑む。
「だから、“時々”。お母さんが、お仕事に夢中になりそうな時に」
「……時々……?」
「そう。お仕事で一生懸命になり過ぎないように、時々」
「どうして?」
「しんたろうくんが“ちょっと淋しいな”って言うだけで、お母さんは“君”に気付くからだよ」
 訳が分からず、慎太郎が首を傾げた。
「……そうなの……?」
「君の辛いのがなくなって、お母さんも小休止できるから、お勧めなんだけどな」
 言ってる意味は分からないが、“お勧め”なんだったら……、と慎太郎が頷く。
「うん。そうする! ……でも……」
「ん?」
「時々だと、ボクが、また、胸(ここ)が辛くなって、木綿花とケンカになって、我慢ができなくて、お兄ちゃんなのに、泣き虫になっちゃう時は……」
 少ないボキャブラリーの中から、一生懸命に言葉を探す。
「おじさんを探してみる?」
「おじさん、いるの?」
 驚く慎太郎に、男性が笑顔で頷く。
「“時々”ね」
「……ボク……分かるかな……」
 小さな子供にとって、大人は皆、同じに見える。四歳の慎太郎にとって、中学生以上は“大人”だったりするのだ。
「じゃ、こういうのはどうかな?」
 男性が膝から慎太郎を下ろす。
「ここに来る時は、いつも、この服で来る。グレーのスーツに……」
 グレーのスーツに、濃いグリーン地に細い白と黄色の斜めのストライプのネクタイ。上着の襟には、英字のGをもじった銀に濃紺のバッジ。
「うん。覚える!」
 男性の姿をジッと見ていた慎太郎が元気に頷く。
「そろそろ帰ろうか?」
 スーツの砂を払って立ち上がり、慎太郎の手を握る。
「ボクんち、お母さん、まだだよ」
「ゆうかちゃんのところに帰るんだろ?」
 優しい声が、大きな手と一緒に慎太郎を包み込む。
「でも……。ケンカ……しちゃったもん……」
 口を尖らせて俯く。
「謝ればいいじゃないか?」
「……だって……」
「“好き”より“ごめんね”の方が“勇気”がいるんだよ」
 その言葉に慎太郎が顔を上げた。
「“ごめんね”をちゃんと言える方が、“お兄ちゃん”だと思うな、おじさんは」
「……お兄ちゃん……」
 微笑んだままの男性に、
「“ごめんね”、言う!」
 慎太郎が強く頷いた。
  ―――――――――――――――
 いつもの公園にはいなかった。その向こうの公園にもいなかった。公園の隣の図書館にもいない。
「シンちゃんが一人で行ける所って……」
 香苗が娘の手を引いて考える。
「ママ、幼稚園は?」
「幼稚園は、もう、門が閉まって……」
 ふと、幼稚園の向こうの川を思い出す。よく、親子で散歩に行くと、妹である慎太郎の母・香澄が言っていた。一人で行くには距離があるが、図書館へ来るのと大差はない。
 娘の手を引きながら、足が速くなる。
「ママ?」
「川を探してみましょう」
 柵があるのは分かっているが、一抹の不安が過ぎり急がずにはいられない。
「慎太郎、川にいるの?」
「……そうだといいけど……」
 夕陽が今にも沈みそうだ。辺りが暗くなる前に、慎太郎を見付け出さなければ……。
「いっつもね、水色のとこに座るんだって」
 木綿花が川の方向を指して言った。
 見栄えを良くする為だろう。川の土手の柵は橋の方から虹色にグラデーションに彩られているのだ。
「水色?」
「うん。香澄ちゃんの好きな色なんだって」
 でかした、木綿花!!
 水色の範囲と分かっていれば、随分と探しやすくなる。
「二丁目の通りをまっすぐ、ね……」
 娘の手を握り直し、香苗は川へ向かった。
  ―――――――――――――――
「……なんて謝るの?」
「“ごめんね、ゆうかちゃん”。かな?」
 男性の言葉に慎太郎がクスクスと笑う。
「ボクじゃなくて、おじさん!」
 慎太郎の言葉に、参ったな……。と顔をしかめる。
「まだ考えてる途中だよ」
「“ごめんね”じゃ、ダメなの?」
「んー……。許してくれるかな?」
 繋いでいない方の手を頬に当てて慎太郎が考える。
「んー……。大丈夫だと思うよ」
「そうかな?」
「おじさんの声、優しいから、絶対に大丈夫!」
 慎太郎がニッコリと笑顔を返す。
「おや?」
 手を繋いだ二人が丁度土手を下りたところで、男性が真っ直ぐ前を指差す。
「しんたろうくん。あれ、ゆうかちゃんじゃないかい?」
 母に手を引かれた女の子が見える。確かに、木綿花だ。
 男性が、行っておいで……。と、繋いだ手を離し、そっと背中を押し出す。チラリと離された手を伝って男性の顔を見ると、
「木綿花―っ!!」
 慎太郎はそのまま、道に駆け下りた。
  ―――――――――――――――
『木綿花―っ!!』
 慎太郎の声が聞こえて、二人が視線を巡らせる。
「慎太郎―っ!!」
 先に見つけた木綿花が母の手を離し、駆け出す。
「ごめんね。ボク、怒っちゃって、ごめんね」
 駆け寄ってきた木綿花の手を掴んで慎太郎が言った。
「違うの! あたしね、慎太郎が泣き虫じゃなくなったから、“偉いね”って言うつもりだったの!」
「偉い? ボク、偉い?」
 嬉しそうに問い返す慎太郎。
「あたしだったら、ママがいなかったら絶対泣いちゃうもん」
「木綿花が泣くの!?」
 ビックリする慎太郎に、木綿花が頷く。
「ボク、お兄ちゃんになった?」
「うん」
「木綿花、お嫁さんになる!?」
 ま、幼児の思考というものは……、
「……うん……」
 ……こんなものである。


 ――― そんな四歳のチューリップの季節の出来事。