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ギャロップ ――短編集――

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【食欲は力?なり】



 物事に対する向き不向きはあるだろうし、それをこなす才能の有無も人それぞれだ。
 三日坊主で、飽き性で、いつも途中で投げ出していた。自分で決めたことも、人から勧められたことも、事を始める前は頑張ろうと思うのだ。いつも、そう思う。これは嘘じゃない。
 好きこそ何とやらというぐらいだから、のめり込めるほど浸ってしまえれば、自然に続けられるのだろうが、そこまで到達するのが難儀だ。低かろうが高かろうが、壁にはぶち当たる。ある程度の所までいったら、伸び悩む。なかなか結果がついてこないと、そこで終わらせてしまいたくなる。

 そこで終わるのが、私だった。いつも、その先に進めないのが、私だった。
 だから今日は、その先に進めた気がして、浮気をした。

 一年前に、ダイエットのつもりで始めたボクササイズ。友人と三人で門をくぐった。一人では越えられない壁も支え合い、励まし合って乗り越えていける。そんな期待を抱いていた。何よりも、同志がいるのは心強い。やる気だけは人一倍で、胸が躍っていた。

 一か月が経ち、「私には向いていない」と一人が去っていった。
 それから三か月が経ち、週一回だったトレーニングの日が隔週になり、月に一度になった友人は、「これ以上、続けられない」と言って去っていった。
 自分が一番最初に脱落するのではないかと思っていた私は、奇妙な心地だった。
 正直、まだボクササイズに飽きていなかったし、友人二人より長続きしているという偏屈な満足感が、私の胸中を占拠していたのかもしれなかった。

 半年が経った頃、トレーナーがある提案をした。
「持久力をつけましょうか。時間がある時に、走ってみてください。体が締まってきたので、それほど膝にも負担がかからないと思いますし。ゆっくりでいいです。でも、できるだけ日を空けずに続けてください」
 その言葉で、早朝のロードワークを始めた。近くの公園まで、行って帰ってくるだけのコース。歩いても二〇分ぐらいなものだ。
 初日から挫けそうになった。家の前は緩やかな坂道で、下った分は上らなくてはいけないのだ。正に、行きはよいよい帰りは……だ。もう嫌だ、やめてやると思った。帰路の上り坂は、ぜえぜえ言いながら歩いた。
 でも、あのひねくれた満足感が私を後押ししていた。一か月が経った頃には、上り坂半分まで走れるようになった。しかし、残りの半分が辛くて苦しくて、やっぱりやめてしまいたいと思った。
 そこで、“馬にニンジン”の要領で、“走ったらプリン”と決めた。

 そして今日、どうにかこうにか坂道を走り抜け、歩くことなく完走した。誰も見ていない午前六時。何とも言えない達成感に独りごちた。
 “走ったらプリン”のはずだったのだが、あまりの嬉しさに“みかんたっぷりババロア・ゼリー”を買ってしまった。浮気も浮気、大浮気だ。小さなプリンで我慢できていたのに、重量感たっぷりの巨大なデザートを目の前にして、ダイエットの文字はすっかり頭から消えていた。

 身体を動かした後の甘いものは、五臓六腑に沁みわたる。美味しさも倍増する。
 あー、なんて幸せなのだろう、と夢心地になった。
 新たな幸せを見つけて、また明日も走ろうと思った。この幸福感は、ずっと私を支えてくれた“プリン”と分かち合うべきだったのかもしれない。
 そんなことを思いながらも、自分へのご褒美は、ぷるんと腹に納まった。



◆お題:『早朝の坂道』で、登場人物が『浮気する』、『蜜柑』