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ギャロップ ――短編集――

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【源】



 明日の夕飯は、何にするかな。
 たった今、一家四人で楽しく食卓を囲んだばかりだというのに。夕飯が終わった途端、いや、その日のメニューが決まった途端に次の日の事が頭をよぎる。料理が楽しみでないから、毎日の悩みのタネだ。

 最後の皿を洗い終えて、ふと、コンロ周りの汚れが気になった。
 少しだけ、と思って始めた掃除は、いつの間にやら本格的になっていた。
 あー、仕事しなくちゃ。締め切りが近いのに。
 そういえばこの間、同じような台詞を息子が吐いていた。自分でも気持ち悪いぐらいの王道な思い出し笑いをして、思わず頬をぺちぺちと叩いた。

 中学二年の長男は、テスト期間に入ると片付け魔になる。机の引き出しの整頓や本棚の整理、クローゼットの中の掃除。やらなきゃいけない事が目の前に迫って来れば来るほど、それからの逃亡を図る。図りながらも、心の中ではやらなきゃいけない事がとぐろを巻いて居座っているから、逃げ切れる事はなく、どうせ苦しいのだ。
 で、一言。「あー、勉強しなくちゃ」と呟く。
 ふふふっ、さすが我が血。カエルの子はカエルなのよ。

「ねー、明日、カレーが食べたい。あんまり辛くないやつね」
 小学四年になる次男は、こうやってすらりと私を助けてくれる。
「カレーね。オッケー。お前が天使に見えるよ」
 何の話だと言わんばかりにハテナ顔をした次男は、首を傾げていた。どこぞの会社の看板犬みたい……いやいや、その一〇倍は愛嬌がある。残念ながら私は、親バカ症候群という不治の病に侵されている。

 調理台とシンク周りの水分を拭き取り、布巾を洗って掃除を終わらせた。心は焦っていたが、やり終えればスッキリする。しかも、きれいなキッチンは見ていて気持ちが良い。意地悪ばあさんがいるなら見せてやりたいぐらいの美しさだ。ちなみに同居はしていないから、汚れていてもさして問題はない。
「天使さんにもう一つ。『肩たたき券』、明日使ってもいい?」
「うん、いいよ」
 間、髪を容れず笑顔で答えた天使さん。私の誕生日プレゼントとして、五枚綴りの『肩たたき券』を次男が手作りしてくれた。
 こんな優しさも、きっと我が血。堕天使からでも天使は生まれるのね。
 気合いを入れて仕事に臨めそうだ。お礼を言いつつ抱きしめたら、それは嫌がられた。残念。

 可愛い、可愛い二人の息子の顔は、私好みの旦那様の血。
 売れっ子官能小説家、花房満次の枯れない情熱は、こんなところから生まれるのです。



◆お題:『夜のキッチン』で、登場人物が『決める』、『プレゼント』