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すずめの唄

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この男はわかっているのだろうか、詩織は若干隣席の男の頭が心配になった。
「授業中に寝てるから赤点なんか取るんだよ」
詩織の成績はそう悪いものではないと自負できる程度のものだ。
必ずしもトップクラスではないが、それなりに優秀でもある。
抜きん出て得意な科目も苦手な科目もない、言わばオールラウンダーである。
勉強が好きなわけでは決してないが、流石に赤点は取らないし取れないだろう。
赤点を堂々と取れるその厚顔さは尊敬できるかもしれないと思いかけて、やはり駄目だろうとセルフつっこみをした。
「うっせ、睡眠学習だっつーの」
「全く成果はないみたいだけどね」
自業自得だというのに向けられた恨めしげな瞳が、詩織の妙なツボに嵌まったらしい。
流石に哀れだろうと思い、止めようとするのだが、どうしても笑いが込み上げてきてしまう。
腹から登ってきた笑いの種は、喉元で緩やかに成長して、やがて口の外へと零れ落ちた。
こちらを一瞥して、ふんっと拗ねたように前を向く一連の動作に、ついに我慢の堤防が決壊し笑いの花が咲き乱れた。
結局詩織の笑いは担任が姿を見せる直前まで止まらず、朝から腹筋を危機に陥らせた。
「でもね」
朝の会が始まっている最中に話しかける。
もちろん担任に咎められない程度にだ。
普通の声で喋ったり大声で叫んだりすれば怒られるだろうが、日直の声を邪魔しないようなひそひそ話程度ならば黙認されている。
「最近の落合、顔色っていうか表情っていうか、変だよ。暗い……って言えばいいのかな、何かヤなもんでも見たの?」
眉を顰めて真剣に考え始める少年に、詩織は少し安堵した。
笑い飛ばさず真剣に考えるということは、最近自分の様子が変だとわかっていて、原因に心当たりがあるということだ。
自覚があるだけ解決もしやすい。
好奇心が一切ないとは言えないが、詩織とてそれなりに心配していないわけではない。
「ちょっとな、最近毎晩死体を見てんだ」
なんとも下らない冗談だと詩織は思った。
この近くで死体が出たという話はないし、落合達也という少年に死体写真を載せているようなアンダーグラウンドなサイトを見る度胸もないだろう。
そんな男が毎晩死体を見る機会など、あるはずない。
映画という手もあるが、毎晩ともなると異常だ。
本当のことを言いたくないのか何なのかは詩織にはわからなかったが、嘘を吐くつもりならもっと上手く吐くべきだし、冗談のつもりならもう少しユーモアのセンス磨いてから出直してほしい。
勉強だけでなくギャグも赤点だ。
さすがに口に出すのは哀れと、詩織は気のない返事をして、廊下に視線を向けた。
だが詩織はふと、死体について尋ねたら落合はどんな返事をするだろうと気になり、朝の会が終わってから何気ない顔で口を開いた。
「じゃあ、死体は何処?」
あるはずのない死体、彼はどう答えるだろうか。
心なしか動揺している落合を静かに見つめる。
表情は硬い。
少しの間を置いて彼は答えた。
「さあな、知らねーよ」
落合の声は強張り、冷たい響きを帯びていた。
詩織は、そう、とだけ呟いて次の授業の準備に取り掛かる。
詮索されたくないのか、本当に知らないのか、あるいはその両方なのかもしれない。
いずれにせよ、浅からぬ事情があるように思えた。
面倒だと、詩織は思う。
興味はある。
だが人様の、如何にも簡単には解決できないような事柄に首を突っ込むほど詩織は愚かでも偽善者でもない。
悩み事とは、結局自分で解決すべきものなのだ。
話を聞いて背中を押す、そういう類でない限りは、部外者は関わらない方がいい。
教科書を広げる。
立ち並ぶ二次方程式を一瞥して、詩織はため息を吐いた。



詩織は下校終了時刻ギリギリまで、美術室で友達と喋りながらスケッチをしていた。
図鑑を見ながら描いていたのだが、中々うまくいかない。
テスト週間に入るまでには満足いくものが描けるといい、そんなことを考えながら、日の落ちた暗い道を自転車で駆け抜けた。
学校から帰ると玄関の鍵が開いていた。
妹が開けたまま遊びに出たのかとドアをくぐると、母のパンプスが行儀よく並んでいた。
「あれ、母さん。早かったね」
朝出るのが早かったので、詩織は帰ってくるのも遅くなると思っていたのだが、そうではなかったらしい。
母は台所で夕飯の支度に取り掛かっていた。
「今日は午前中が忙しくて、午後はなぁんにもやることがなかったのよ。だから上の人に、帰っていいですよーって言われちゃって、だったら朝早くに呼び出さず、いつも通りに出勤させてくれればいいのに、ねぇ?」
そーだねー、と気のない言葉を詩織が返すが、母は勢いに乗ってさらに上司への不満をぶちまける。
大人しく聞いているフリをしながら聞き流すのが得策だろう。
ソファに腰掛け、適当に相槌を打ちながら新聞のテレビ欄に目を滑らせる。
七時から気になっているドラマが放送するが、二時間ドラマなので少し長すぎる。
テスト前に二時間もテレビの前に釘付けでは、母親から嫌味を言われるのが目に見えている。
成績が落ちた時ねちねちと責められる材料を、わざわざ自分から提供したくはない。
詩織は新聞をソファに放った。
録画すべきか再放送を願うべきか、考えて面倒になる。
どうしても見たい番組というわけでもないし、後で気になるようなら学校の友達に録画したか聞いてみればいい。
レンタルビデオという手だってある。
「夕飯なにー?」
ひとしきり愚痴って満足した母親に詩織が声を掛けた。
くつくつと鍋が音を立て、空腹を刺激する匂いがリビングに漂う。
「今日はシチューよ」
詩織の家ではもっぱらホワイトシチューよりビーフシチューが食卓に並ぶことが多い。
魚介類は高いからと母親は嘯くが、ビーフシチューなら多少の焦げもわからないからではないかと詩織は勘ぐっている。
母はあまり料理が得意ではなかった。
「……ビーフ?」
シチューはホワイトの方が好きな詩織が、儚い望みを託して尋ねた。
ビーフシチューも美味しいのだが、如何せん、中々胃に重いのだ。
チキンでいいからホワイトの方がいい。
「そーよ」
人が夢を見ると書いて儚いと読む、まさしく言葉の通りである。
あっさりと肯定されて詩織は母に見られないよう顔を顰めた。
これが夕飯だけだったらいいのだが、確実に明日の朝食にもビーフシチューが出るだろう。
胃の負担的には朝からステーキといい勝負である。
「そういえばねー、今日は従兄弟の子が遊びに来てたのよ」
唐突な言葉に目を瞬かせる。
従兄弟の子?
残念ながら詩織には心当たりがなかった。
親戚付き合いもあまりない家庭である。
よく見知っているのは母方の祖父母程度だ。
「覚えてないの? 詩織とは同級生で学校も同じだっていうのに」
そんなことを言われても知らないものは知らないのだ。
詩織は必死で思い出そうと記憶を探るが、上手くいかない。
大体、学校にどれだけ同じ年齢の子供がいると思っているのだろうか。
「ほら、お母さんの兄さんのとこの」
「ああ、去年離婚した恭一おじさん?」
それだったら詩織も覚えていた。
何やら仕事場で不倫していたらしいが、不倫相手の女性に夢中になって、結局離婚したらしい。
作品名:すずめの唄 作家名:真野司