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すずめの唄

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谷田詩織という人物は至って普通、どこにでもいる女子中学生である。
家族は両親と兄弟が一人、家は典型的な中流家庭で、家族揃って未だローンの残る一戸建てに住んでいる。
成績は上の下から上の中を彷徨っている。
得意科目は英語で苦手な科目は音楽、教師受けは特によくも悪くもない。
友人の数はそう多くはないが、気さくな性格でクラスメイトの評判も上々。
美術部に所属し、放課後は大抵美術室で部員と喋っているか絵を描いている。
特に水彩の風景画を好んでよく描く。
顔立ちは十人並みでこれといった特徴はない。
視力が少し低く、細い銀縁フレームの眼鏡を掛けている。
良く手入れされた長い髪は、いつも後ろで一つに纏め、黒いゴムで束ねられている。
体つきは中学生女子の平均程度で細くも太くもない。
趣味は読書とお菓子作り、好きなものは甘いものと可愛いもので、嫌いなものは虫全般。
谷田詩織は何処をとっても、至って平凡な、普通の少女だった。



「ほら、早く起きて」
詩織の朝は、眼鏡を掛けて、妹の体を揺さぶって起こすことから始まる。
中学生にもなって同じ部屋ではプライバシーもへったくれもない。
少し前から一人部屋が欲しいと思っているのだが、家の広さからしてその願いが叶うことはないだろうと半ば諦め気味である。
「おはよー」
気の抜けた寝起きの声が答えたのを確認したら、詩織は振り返らずに制服に着替え、妹に構うことなくリビングへと向かう。
妹は可愛いが、何しろ朝は忙しい、毎日が戦争状態だ。
人に構っている暇などない。
首元のリボンを結びながら階段を下りると、リビングにいた母親が慌ただしい様子の娘を見遣り嘆息した。
「おはよ」
「おはよう、今日も朝から元気ね」
呆れたような視線と言葉に詩織は首をすくめ、逃げ込むように洗面台へと向かった。
水道の蛇口から出る冷たい水のおかげで、燻ぶっていた眠気が完全に飛んでゆく。
手早く洗顔と歯磨きを済ませ、棚から白い靴下を取り出しリビングへと戻る。
「はい、私は先に出るから、鍵は閉めて行ってよ」
差し出されたトーストに齧りつきながら頷く。
トーストは、ケチャップ塗り、スライスされたたまねぎとピーマン、とろけるチーズを乗せてトースターで焼いた簡易ピザパンだ。
詩織の母親は、特に忙しい朝はよくこれを出す。
手が掛からないのに美味しい上、これ一品で一食分になるからだ。
トースターの中には妹の分が入っている。
母親はすでに食事を終えたのだろう、テーブルの上に置かれた鏡とマスカラ片手に睨み合っている。
詩織はトーストの耳を咀嚼し飲み下すと、靴下を履いて身支度を整える。
鍵は――スカートのポケットの中だ、鞄の中身は昨日のうちに用意してある。
宿題は特になかった、様な気がする。
出ていたとしても、朝の会が始まるまでに自力で終わらせるか、量が多ければ誰かに見せてもらうかすれば問題はないだろう。
テレビをつけて、この時間いつも動物コーナーを流しているニュース番組にチャンネルを合わせる。
「そういや、お父さんは?」
画面の向こうのアメリカンショートヘアの子猫から目を離さず、詩織は今にも仕事に出そうな母親に尋ねる。
警備員の父親は仕事の時間帯が特殊で、普通に朝から夜までの日もあれば、夕方から次の昼まで仕事の日もある。
一口に朝と言ってもある日は八時くらいまで寝ていたり、またある日は六時には家を出ている日もある。
今日はどうやら後者だったようだ。
「今日は二四勤って言ってたから、明日の朝までは帰って来ないわよ」
つまり一日中仕事ということだ。別段役職を持っている訳ではないが、長年務めているとそれなりに立場もあって忙しいらしい。
陽気で穏やかな父親で、思春期特有の嫌悪感というものを詩織は父親に対して抱いていないのだが、如何せんその仕事の時間帯の特有性から、一緒に住んでいるというのに中々顔を合わせる時間がないというのが実情だ。
学校から帰ると父親が仕事に行く直前だったことなどがざらにある。
時折父親の生活が不規則過ぎて、健康が心配になる。
「じゃ、いってきます」
「気をつけてねー」
仕事に向かう母を横目で見送りながらも、詩織の意識は画面の向こうの子猫に集中している。
つぶらな瞳にピンクの鼻、ふわっふわの体でねこじゃらしにじゃれついている様子は可愛らしい以外の何ものでもない。
一日のやる気をもたらしてくれる素晴らしい番組である。
昨日の豆柴も可愛かった。
うっとりと思い出していると、画面に『また明日!』と表示された。
そろそろ学校に行かなければなるまい。
玄関で学校指定の白いスニーカーを足につっかけ、聞こえてないかもしれないが一応妹に行ってきますを言ってから、詩織は家を出た。
風を切りながら学校へと自転車が進む。
朝の風が少し冷たさを伴い始めた。暦上でも今は秋だ。
夏服から、デザインはそのまま、生地だけが厚い冬物に換えたスカートの端がひらひらと揺れる。
見慣れた通学路のとある小さな道を進むと、少し広い空き地があることを詩織は知っていた。
この時期になると白い花が沢山咲いている。
数年前そこで事件があった。当時中学生の男子が一人殺されたのだ。
この片田舎で起こった殺人事件は、近所でかなりショッキングな事件として扱われていた。
通り魔かもしれないと、一時期小学校では集団下校が行われたくらいだ。
その後事件は起こっていないが、犯人も行方知れずのままである。
凶器さえも見つかっていないらしい。
車輪が音を立てて回る。
ゆっくりしていても遅刻することはないだろうが、早めに着いた方がいいに決まっている。
詩織はペダルを踏む足に力を入れた。



「あ、落合起きたの? おはよ」
隣の席で朝から快眠を貪っていた少年に声を掛ける。
いつもは詩織の方が早いのだが、ここ二、三日は隣人の方が先に来ているようだ。
「…………はよ」
帰ってきたのは、まだ目が覚めきっていないとわかる茫洋とした声だった。
目の下に隈があるのが詩織からもはっきりと見てとれた。
「よく寝てたねー、昨日寝るの遅かったの?」
「まーな」
鞄の中からペンケースと教科書類を取り出す。
鞄は机の横のフックにかけて、準備は完了だ。
何か宿題があったか聞こうとして、やめた。
あったとしても、やっていないことは予測できたし、宿題の存在など覚えていないだろう。
「どーせゲームでもしてたんでしょ。さ来週のテスト大丈夫なのー?」
そうでないことは薄々気づいているが、テストが危ないのは事実である。
前回のテストでちらりと見えてしまった点数が、まさかあそこまで酷いとは……。
詩織はそれまで、中学生で赤点を取る馬鹿なんて存在しないだろうと思っていたのだが、その日から考えを改めることとなった。
世界は広いと、まさかこんなことで実感する羽目になるとは思わなかった。
「ばっか、俺が本気出したらテストなんて十秒で終わるぜ」
「どうせ名前以外は白紙で、でしょ」
呆れ以外の何ものでもない感情を込めた視線を送りながら、下らない冗談を即座に切り捨てる。
むしろ十秒で名前を書き終えられるのだろうか。
自分で言ってから気になった。
書けたとしても教師が読めない字だったら意味がない。
作品名:すずめの唄 作家名:真野司