せんにちこう
言葉
(言葉)
雲の上にあるバラ園は俺たちの憩いの場だ。天使たちは役割の無い間、ここで思い思いに過ごしている。まあその存在自体が役割っていう者もいるけどな。
そのバラ園は誰もが自由にできるはずなのに、いらない遠慮のせいか違和感がある。俺はそれがどうも好きになれないんだけど、うまく言葉にできずにいて、まわりの天使にはなかなか理解をしてもらえない。
俺……成屋は、言葉を司る天使なのだけれど。
「俺さ、シュータくんが帰ってきたら話をしてみようかと思うんだ」
「成屋くん、それ大丈夫なの?」
「なにも心配ないよ、話せば、ちゃんと伝わるんだから」
腑に落ちない、というポーズでミドリくんが首をかしげた。金の短い髪が優しくサラサラと揺れる。
ミドリくんは誕生の、幸せの天使だという役割がある。シュータくんの役割と関連があるらしく、俺よりも話す機会が多い。……というか、俺たちは悲しい天使とか幸せの天使と区別されて(偏見が向こうにあるみたいで、余計に意識してしまう)いるから、ミドリくんみたいな例が無い限り普通はあまりかかわり合いがない。
不用意に傷つけ合うことはないけど、でも寂しいことじゃないかと思うんだ。
ミドリくんは持っていた砂糖菓子を口に含む。彼は甘いものが好きだ。
「何を伝えるの? きみ、シュータくんの特別がほしいの?」
「特別なんていらないけど……どう言えば良いのかな」
「ほらまたそうして、言葉が出てこないじゃない」
ううん、困ったな。
前に言った通り俺は言葉を司る天使だ。ついこの間、絶望の天使のシュータくんから愛の言葉を告げられたばかりの。
「愛なんて……なあ」
天の国は慈愛に満ちている。神様も俺たち天使同士も、人間も、平等に愛している。特別な愛を欲しがるのは人間のすることで、そんな欲張りは天の国には存在しないと思っていた。
「愛の天使はどこへ行ったんだ」
愛の天使はだいたい、神様のおそばに控えている。そんなことは知ってるけど、いまここに居てほしい。それで少し愛について教えてほしい。
シュータくんの言う俺への愛と言うのは絶望そのものだと、分からない俺にシュータくん自身が教えてくれてはいた。絶望を司る天使の彼が言ったんだ。
絶望だなんて言ったんだ。
「シュータくん」
「え……。成屋か?」
歓迎の天使に時間を聞きだして、門まで迎えに行ってみた。
歓迎の天使はその名の通り迎え入れる役割を持っているけど気のつく人で、今だけ役割を代わってほしいという俺のわがままを聞いてくれたのだった。
着いたばかりでぼんやりとしたシュータくんの焦点がゆっくりと俺に合うのがわかった。
「おかえりなさい」
「ああ、そうだった。思い出したぞ」
「疲れているでしょう、今回は俺が神様のところまで送っていってあげるよ」
「……あんたはいつから歓迎の天使になったんだ」
すっかり『あの世』のシステムを思い出したらしいシュータくんは、俺の翼の根本をギュッと掴んで軽く押した。
「へへ」
子どもの頃にはこうしてよくじゃれていたっけ。殆ど話したことの無いシュータくんに初めてされると、妙に照れ臭かった。
「さあ行こう」
「いや、いい」
「え?」
「お前とは行きたくないんだ」
行き場を失った手のひらをひとりでギュッと握って、俺は負けじと話しかけた。聞いているかはわからない。聞こえてはいるはずだけれど。
「バラ園に来てね!」