せんにちこう
「ミチコ先生、特定の生徒を可愛がるのはよくないと思いまーす」
体育で膝を擦りむいた。
保健室でミチコ先生に絆創膏を張ってもらっている時にみつけた写真立てには、一人の少年が笑顔をほころばせていた。
「……あれっ」
自分で指摘して気付く。
「これたかみいじゃん」
「あら……あなた高見くんと知り合いだったの?」
消毒液を棚にしまいながら、ミチコ先生は優しげな声を出した。いつものしゃっきりしたものではなく。
「ええ、まあ知り合いというか……」
「そう、あれからもう何年経ったかしらね」
「高見くんの家があったところ、こんどビルが建つらしいわ……でも私たちはずっと忘れないでいてあげましょうね」
ん?
疑問を問い質そうとして、職員会議だから、と遮られた。
三好の兄ちゃんとはもうずっと挨拶くらいしかして無いけど、今日はまともに話しかけてみた。
三好の兄ちゃんは『例のこと』をよく知っているよと大きく頷いた。
「高見は体が弱くてよく学校を休んでいたよ。朝来てもホームルームも終わらないうちに早退、なんてよくあることだった。その度に家の迎えを門の前でぽつんと待っていたなあ」
三好は隣りの部屋で明日の課題のノートを写している。
「火事だった」
オレは息を詰めた。
「燃えている二階の窓から高見の顔が見えていたんだ。でもその窓には格子がはまっていて。……火の手はものすごい勢いで……」
「……雨が来るまで、火は消えることはなかったというよ」
「たかみいは……いや、高見さんはそれで」
「わかるだろ、みんな、窓の外から高見の影は見てたんだから。」
そこで三好兄は古い学習机に肘を突いた。
「ああ、遺体はみつからなかったんだっけかな」
次の日、天気がよかった。
校内清掃の日で玄関は下駄箱から窓までピカピカだ。いつもすれ違う狭い方の階段もどこか明るく見えた。
オレは校舎の隅にあるごみステーションにひとりで向かっていた。
壁沿いに現れた『ペットボトル』にペットを放り込んで、『電池』『硝子』にも順番に。やがて突き当たりの大きなゴミ箱に燃えるゴミを入れる時になって、自分の後ろに誰かが立っていることに気付いた。
「たかみい」
「高見、だ」
たかみいはまた髪が伸びていた。それを何となく口にすると、たかみいは顔を歪ませて笑った。
「これで終わりだよ」
意味が分からない言葉だった。
「どういうこと?」
「髪の毛に火が付いて……燃えるんだよ」
「外に逃げようとして、部屋にあった紐ぐつを履いたんだ。そしたら解けた紐をふんずけてこけた」
ぞっとしてたかみいをみやると、真顔のたかみいはオレの持っているゴミ箱をポンと叩いた。
「今までずっと成仏できずに、生まれて死んでをひとり繰り返してきた。でもきみと関わってしまったから」
「俺と」
そう、と笑うたかみい。こんどは少し晴れやかだった。
次の雨の日に、たかみいは髪の毛についた火と共に消えるのだと言った。
風の強い日。
登校する生徒達を静かに見送る一人の少年が、門の前に立っている。
オレは笑って……手を振った。
『輪廻』おわり