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タクシーの運転手 第六回

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「青木ヶ原樹海は、富士の樹海とも呼ばれますよね」
 再び運転手は話し始めた。
「僕も行ったことあるんですけど、案外普通でしたね。『自殺の名所』なんて言われてますが、普通の深い森でしたね。そもそも、そんなイメージがついたのは、松本清張の『波の塔』で取り上げられたかららしいのですが」
「ず、ずいぶんと詳しいんですね…」
 彼は少し動揺していた。
「方位磁針が使えないというのも、実は嘘らしいです。青木ヶ原樹海は、溶岩の上にできたので地中に磁鉄鉱を多く含んでるので、少しは狂うことはあるかもしれませんが、使えなくなるほどではないそうです」
「は、はぁ…」
「今となっては、携帯も普通に繋がるみたいですよ。それと同じで、ハンディーGPSも使えるので樹海内の探索は結構容易にできるらしいです」
 今日の彼はいつもよりよく話している。客が話さないときは、運転手自身が話すことが多い。
「なので、『青木ヶ原樹海は自殺の名所』という神話は、もう時代遅れな気がします。『絶対に誰にも知られずにひっそりと自殺したいなら樹海』というのも通用しないと思います。多分、探索者にすぐ発見されてしまうので。世間がそういうイメージを植えつけてしまったから、自殺する人が増えてしまったというのもあるのではないかと」
 淡々と運転手は話し続けた。客の彼は、下を向いて聞いていた。少し足が震えているのがわかる。
「まぁ、まだ整備されてないところもありますからね。遊歩道を外れるとさすがに危ないです。100メートルぐらい離れてみたんですけど、あれはやばいですね。特徴のない似たような風景が続いてきて、だんだん足場が悪くなってまっすぐ進めないからなかなか元に戻れなくなるんですよね。僕はすぐ危険だと思って、引き返しましたけど」
 運転手は頭を掻いて、笑いながらそう言った。恥ずかしい話をしているかのように。
「ははっ、つまらない話でしたね。すいません」
 運転手は左手で帽子を直してそう言った。
「いや…わざわざ行き先についての詳しい情報を教えていただき、ありがとうございました…」
 彼は、そのとき初めて頭を上げた。
「おっしゃられた通り、僕は青木ヶ原樹海に、自殺に行こうと思っていました」
「そうでしたか。確かに、わざわざタクシーを使ってまで行くところではないですからね。察しはついていましたが」
「なんか、心の内を言い当てられている感じでした…。確かに、僕自身、自殺するなら樹海に行こうという、安易な気持ちでいました。それはやはり、『みんなそうしてるから』というのがあったからでしょう」
「そうですね。そのほうが、安心してしまいがちですからね」
 うんうんと頷いている。
「それを言い当てられたとき、どうもあなたはただ者ではないと思いましてね」
「いやいや、たいしたことはないですよ。この仕事長いですからね」
「そうであったとしても、なんかすごいと思いました。あの、僕の話、聞いてもらえませんか?」
 彼の目は、さっきまでの目と比べて、生気があった。
「どうぞ。僕はどちらかというと、自分が話すよりも、人の話を聞くのが好きなんですよ」
「それならよかったです。ありがとうございます」
 軽くお辞儀をして、彼は話し始めた。