deputy
まだよく掴めない自分の状況に、美紗は広げた古文の教科書と辞書を無意味にたぐり寄せる。
「宿題?」
「はい」
「インハイの地区予選、応援に来てくれてたよね?」
「え? あ、はい」
「俺、3ーBの浜岡英志っての。よろしくね」
「あ、私は、2ーDの木村美紗です」
何を呑気に自己紹介をしているのだろう。一体この状況はどういう事なのか、美紗にはまだ理解出来ない。
「美紗ちゃんか……君さ、よく図書室にいるよね?」
「よく、では無いですけど、暇な放課後はここに来ます」
「俺さ、部活の前に本を返しに来ることが多いんだけど、その時にここに座ってる美紗ちゃんを何回も見かけてたよ」
近くで見ると、その顔が本当によく整っている事に感心する。
京子が言う所のイケメンを無意識のうちに観察していた美紗は、慌てて視線を机に戻した。
「あ、そ、そうだったんですか……」
美紗は入り口に一番近いこの席に座る事が多い。京子から部活が終わったとメールが来ても、すぐに本を借りて出て行く事が出来るからだ。自分が本を読んだりしている間は周囲を気にしないから、浜岡が入って来ても気付くはずが無い。
そんな読書をしている様子を何度も見られていたのかと思うと、急に気恥ずかしくなった。
今度からは少し奥に座ろうかな。
などと、今更思う。
そしてはたと思い出し、美紗は口を再び開いた。
「あの、バスケ、お疲れ様でした……インターハイ準決勝まで行ったんですよね? 凄いですね」
そう、美紗達が応援に行った後、バスケ部は地区予選を見事征し、インターハイ出場を果たしたのだ。
1年生と2年生の夏期講習を受けない者は大応援団を組んで、インターハイが開催される都市まで繰り出した。もちろん京子も行っている。
おかげで試合の様子などを聞いて知っていた。
「負けたけどね。でも高校生活最後の思い出が全国3位っていうのは、正直嬉しかったかな」
「はい。本当に凄いと思います」
素直にそう思った。
初めて話す相手、しかも男性なのに、美紗は案外スラスラと言葉が出ている事に気付いた。
同じクラスの男子でも、用がない限り自分から近づいて話しなどしない美紗にしては珍しい。浜岡が優しくて話しやすいからだろう。
きっとモテるんだろうな。
もう一度、今度はあまりぶしつけにならない程度に浜岡の顔を見た。