deputy
細かいルールは知らない美紗だったが、実際の試合を見るとそれは面白いものだった。
自分には機敏な動きが出来ないだけに、運動部の連中の動作は憧れだ。
「あっ! キャプテンだ~!」
堰を切ったように大音量で鳴き出した蝉、そしてその音をかき分けて聞こえて来た京子の声に顔を上げると、丁度バスケ部員達が大荷物を抱えて体育館から出て来る所だった。
美紗達は並んでバスケ部に拍手を送り、彼らが目の前を通り過ぎるのを見送った。
一番最後尾にいたバスケ部のキャプテンが、美紗の目の前を通過する時だった。
ほんの一瞬、美紗を見て、微笑んだ。
え……? どういうこと? やっぱりさっきのも、気の所為じゃない?
ドキリと目を丸くさせ、背の高いキャプテンが去って行くのを視線だけで送ると、美紗は息を止めていた事に気付く。
「ちょっとちょっと! 絶対今キャプテンこっち見たよね!?」
「あ、う、うん……そうかも」
「ヤダ! もしかして私?」
美紗は気付く。そうか、キャプテンは自分ではなく、京子を見ていたのだと。
自分みたいに目立たないどこにでもいる普通の女の子なんかじゃなく、美人で目立つ京子を見ていたのだ。
なあんだ。びっくりした。
ほっと胸を撫で下ろすと、急にまたあの手紙が読みたくなった。
「いいよね~。キャプテン。私、本気で好きになりそう」
「もう、京子ったら」
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また、手紙が入っていた。
夏休みも終わりに近づき、2学期が始まろうとしている頃、美紗は再び靴箱の中に今度は藤色の封筒を見つけた。
慌てて辺りを見回す。
京子はいないし、美紗以外下駄箱付近に人影はない。
そっと封筒を手に取り、鞄の中から筆箱を出し、定規を引き抜いて封筒を開けた。
中からは封筒と同じ藤色の便せんが2枚入っていて、美紗はリズミカルに鳴り出した心音と同調したようなぎこちない動作で便せんを開く。
晩夏の香りに立つあなたは端然。
水芭蕉にうつつを抜かすわたしは不敏。
どうしてわたしは臆病なのでしょう。
伝えても良いのでしょうか。
愚かで利己的なわたしの想いを。
想いに迷いはないのです。
ただわたしは臆病者なのです。
美紗は急いで便せんを封筒に戻し、鞄の奥へと隠すように入れた。