deputy
助けてもらった礼がしたいと言っていたが、それならあいつの所へ行ってくれ。
それが、俺への礼になる。
追伸
使いもしない便せんを余分に入れるなど、実際もったいなくて敵わない。
知らず、美紗は笑っていた。
あの静かで無表情な杉田は、恐らく美紗が図書室を出て行った後これを書き、下駄箱に入れたのだろう。
初めてもらった、代筆ではない、杉田本人の手紙が胸にこそばゆい。
話した事などなかったが、見ていた回数ならば浜岡が美紗を見ていたよりも、数段多く美紗は杉田を見ていた。
図書室に行くと必ずカウンターに座っていたし、いつも難しそうな本を難しそうな顔で読んでいた。そんな事を知っているのは、美紗が杉田を見ていたからに他ならない。
美紗は嬉しかったのだ。
あの恋文を書いていたのが浜岡ではなく、杉田だと分かった事が。
靴に急いで履き替えると、美紗は学校を飛び出した。
杉田の家など知らないから、どちらの方向に帰ったか見当もつかなかったが、とにかく杉田を追った。
運動が得意でない美紗は、一日でこんなに走ったのは生まれて初めてかもしれないくらいに走った。
曲がり角を右に左に折れながら、もう限界だと目眩がし出した時、少し先をゆっくり歩く男子学生の後ろ姿を捉えた。
「杉田先輩っ!」
美紗の呼びかけに前を歩く男は足を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。
そして少し眉を上げ、次に辺りを見回した。
「どうしてお前がここにいるんだ? あいつは?」
浜岡がいない事で、いぶかしく思ったようだ。
「浜岡先輩は、帰りました……」
ゼイゼイと膝に手を置き、肩で息をする。
じっとその様子を見て、杉田はため息を吐いた。
「俺に何か用か?」
「はい、あの……お礼を言いたくて」
「今朝の事ならもういいと言ったはずだ。それに、手紙は読んだんだろう?」
美紗の手に握られているえんじ色の封筒を確認して、杉田は視線を他所へ移す。
「そうじゃなくて、今まで先輩が書いてくださった、手紙の事です」
そこで杉田は動きを止めた。
「私、生まれて初めてラブレターなんてもらったんです……それに、すごく面白い手紙で……今度はいつ入ってるんだろう。どんな人が書いてるんだろうって、毎日毎日考えてました」
ようやく息が整い、美紗はゆっくりと体を起こして杉田と対峙した。