deputy
そして時計の針が55分を過ぎているのを確認し、美紗は慌てた。
「やばっ。あの、先輩! 今度、助けて頂いたお礼に何かさせてください!」
薮から棒にそんな事を言ったものだから、杉田は本を握りしめたまま美紗を下から睨んだ。
「そんなものはいらない。いいからさっさと帰れ。何か時間を気にしているみたいだが?」
「はいっ、そうなんですけど、えっと」
口ごもる美紗をもう一度睨むと、杉田は大げさな音を立てて本を閉じると立ち上がった。
「早く帰れ。本気で怒るぞ?」
「す、すみませんでしたっ! 失礼します!」
出口を顎で示す杉田に、美紗はまさに蛇に睨まれ蛙の気持ちで図書室を飛び出した。
走って走って裏庭へ飛び出すと、一目散に池を目ざす。
人気の無い裏庭の奥に小さな池があり、ふと背の高い男が立っているのを見つけた。
浜岡先輩……
トクンと胸が鳴る。
美紗を見つけた浜岡が優し気に微笑んだ。
走って来たおかげで呼吸が乱れていて、美紗は肩で息をしながら浜岡にまず謝った。
「お、遅れて、すみません、でした……」
「別にいいよ。ーーーえっと、来てくれて、ありがとう……」
言い様のない甘酸っぱい感情が美紗を襲う。
少し照れたような浜岡の雰囲気に当てられて、美紗も羞恥心に犯されて浜岡の靴を見つめた。真正面から本人の顔など見られない。
「手紙、読んでくれてたんだ?」
「……はい」
生まれて初めてもらったラブレターなのだ。しかもちょっと風変わりなラブレター。京子ならいざ知らず、美紗が読まないはずが無い。
池の周囲には木が鬱蒼とまでは言わないがそこそこ密生していて、寒風を遮っている。
しばらく沈黙が続き、浜岡が意を決したように語り出した。
「去年の春頃、君を初めて見かけたんだけど。俺さ、図書室で美紗ちゃんが入り口の近くに座ってたから、座ってる時は必ず視界に入ってたんだ。もちろん最初は女の子がいる。っていう認識しかなかったんだけど、いつしか図書室に行って君がいない時が寂しく感じるようになっててさ……おかしいよな。名前も知らない、話した事もない相手に対して、そんな風に思うなんて」
美紗は静かに首を振る。