deputy
次の瞬間、美紗の目の前をけたたましいクラクション音を鳴り響かせながら、猛スピードで車が走り去って行った。
「な、何……?」
呆然とする美紗に、腕を引いた人物が怒りをあらわにする。
「お前は死にたいのか!?」
「っ!? ご、ごめんなさいっ! 考え事をしていてっ……」
慌てて何度も頭を下げ、怒りを静めようと謝罪の言葉を繰り返す。
「まったく、信じられない程の注意力だな。気をつけろ、人の卒業式の日に目の前で事故死だなんて、嫌がらせにしかならない」
「本当にすみませんでした」
「もういい、青になったぞ?」
呆れたように言い捨てた人物の顔をそっと見上げると、それはあの元図書委員長の杉田先輩だった。
「あ、先輩。すみませんでした! それから、ありがとうございました!」
さっさと美紗の前を歩いて行く杉田の後ろ姿に何度も頭を下げていると、遠くの方から京子がやって来た。
「おっは~、美紗! あんたさっきからずっと道路に向かってお辞儀してるけど、何かあるの?」
面白いものを見つけたとばかりに嬉しそうな顔をすると、京子はいつの間にかまた赤になった信号と美紗の顔を見比べて美紗をつついた。
「今さっきぼーっとしてて車にひかれそうになったの」
「はあっ!? あんた何やってんのよ、ボケ過ぎでしょ?」
「それを先輩が助けてくれたから、お礼を言ってたの」
むっと口を尖らせて説明すると、京子はおでこに手を水平に当てると、辺りを確認する。
「先輩なんていないじゃん」
「もう学校に入って行ったよ」
「あ、そ。あんたもバカねえ。何も卒業式の日にこれから巣立って行く先輩の目の前でスプラッタに自らなりに行かなくてもいいのに。いやがらせ? てか、まるでお笑い芸人ね」
「違うってば! もうっ!」
杉田と同じような事を言ってからかう京子に、美紗は無駄と知りながら怒ってみた。
案の定、京子にはぬかに釘状態で、青になった信号を指差して美紗の手を引いた。
「んもう、冗談の通じない子ね~。ホラ、行こう」
「京子のバカ」
「あー、はいは~い。バッカで~す」
校門をくぐる瞬間、美紗は先ほどの恐怖が急によみがえって来た。
本当に危なかった。もし、杉田が腕を引いてくれるのがあと1秒でも遅かったら死んでいただろう。
浜岡の告白にどう返事をするかなどと迷っていた事が、とんでもなく虚しい事のように思えた。