deputy
美紗は何度も手紙を読み返しては、知らず胸がコトコトと沸き立つのを感じた。
この手紙は美紗の感情を激しく動かす。
特別な何かが秘められている文章ではない。手紙というよりは独り言だ。それは書いている本人も認めている。なんせ文末で謝罪しているのだから。
幾度目かに手紙を読み終えた所で、美紗は鍵の掛かった引き出しを開けて手紙を仕舞った。
浜岡は近いうちに何か言って来るだろうか?
結局図書室でほんの少し言葉を交わして以来、すれ違った時に会釈をするくらいで進展などないし、美紗の方から近づいて「あの不思議な手紙は先輩が書いたんですか?」などと尋ねる勇気もなかった。
結局京子のように積極的にはなれないのだから、待ちの一辺倒だ。
「考えても仕方ない。また手紙が来るのを待とう」
そう呟いて、美紗は立ち上がった。
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京子達軽音楽部の地元イベントライブが大成功に終わった後、期末考査を一週間後に控えて勉強に追われていた美紗は、一人図書室へとやって来ていた。京子は勉強嫌いだから、一緒にやろうと誘ったのだがあっさり断られてしまった。
そして先ほどから苦手な数学でつまずき、勉強が遅々として進まない。
「えっと、ベクトルa=(1,-2)、b=(3,5)に対してベクトルka……ああ~もう。分からないよう。ベクトルって何? 将来仕事で使うの!?」
「その問題は簡単だ」
「え?」
頭をぐしゃぐしゃとかき回してぼやいていると、横からすっと手が伸びて来て、美紗のシャープペンを長い指が取りあげた。
そしてノートにサラリと出だしの式を書いていく。
「あ……」
取っ掛かりさえ分かればあとは簡単な計算式だ。美紗はパアッと顔を明るくし、教えてくれた人物を仰ぎ見る。
「あの、ありがとうございました」
「別に」
ぶっきらぼうにそう言うと、教えてくれた人物は片手いっぱいに持っていた本を抱え直して書棚の奥へと消えて行った。
眼鏡をはめた、いかにもインテリそうな男だ。
彼の事は知っている。とは言っても顔と名前だけなのだが、図書委員長の杉田先輩だ。
もう委員も引退しているから、委員長だった。が正しい。きっと受験勉強をしに図書館に来ているのだろう。