deputy
最近は学校ではなく、夕方町の練習スタジオを借りて練習しているらしく、その練習開始時間まで暇つぶしに付き合うのだ。
行きつけのファストフード店に入り、先日スタジオで練習を録音した音源を聞かせてもらう。
高校生の部活だし、きちんとした指導者がいる訳ではないのでお世辞にも上手とは言い難いが、元気がよくて楽しい気分になる演奏だった。
「うん、いいんじゃない。だんだんまとまってきてる感じがする」
「ホント!? 美紗ってさあ、耳良いよね。ピアノやってたんだっけ?」
「小学校の頃までだから、全然だよ。たいした曲弾けないし、挫折してるんだからあんまり私の意見を当てにしないでね」
「するわよ! だってこの練習の時だって前に美紗がアドバイスくれた事を皆で直したおかげでちょっとマシになったんだもん!」
目を輝かせて言う京子に、美紗は照れる。
「もう先輩達も引退しちゃったしさ、1、2年だけでやる初めてのライブなんだ。ちょっとは先輩達を安心させたいじゃん?」
いつもいい加減な事ばかり言う京子だが、本当は仲間思いの優しい子なのだ。
「うん、私も見に行くから、頑張ってね」
「絶対来てよね! 今よりもーっと上手になってるから!」
それから京子の音楽に対するいい加減な情熱を、練習時間ギリギリまでたっぷり聞き、美紗はファストフード店の前で京子と別れて家路に着いた。
部屋に戻ると、美紗は着替えをすませて浅葱色の封筒と睨めっこをしていた。
あの頃のドキドキ感は無いが、やはり読みたいという欲求は強い。
何故か一度部屋のドアを振り返り、誰もいない事を確かめてから封を切った。
相変わらず封筒と同色の便せんが2枚入っていて、美紗はそれをそっと開く。
わたしはあなたに嫌われてしまうのでしょうか。
あなたはいつも穏やかで、凪いだ湖のように幽玄だ。
わたしもあなたのように凪いだ湖のようになりたい。
どうか一度でいい。わたしを見てください。
この偏ったわたしの想いをたった一度でいい、見てください。
窮屈なわたしは、あなたには似合わないというのに。
あなたを困らせてしまうわたしを許してください。
ゾクリと背筋が乱れた。
嫌う? 先輩を? どうして?
文面からは相手の不安というか、辛さのようなものが伝わって来た。想いを見るとは、どういう意味だろうか。