ブローディア夏
番外-キミが悪い
「…木野」
「なんだ」
石間が、黒板を消すでもなく連立って行ったトイレの帰りというわけでもなく、俺の席の横に立ちはだかった。
日差しが遮られた。ちょっとムカついたりした。
「どうしたんだよそれ」
「どうって、課題やってなかっただけ。写さしてやれないよ」
確かにノートの文字はひん曲がっていたし、書き間違いは消しゴムでうまく消しきれずに無駄なカスを生むだけだった。
石間は机の脇にしゃがみだした。隣りの席の子の鞄に実質座っているわけだけど、俺はそれはどうでもよかった。
ただ、どうでもよかった。
「そんな毛玉だらけのセーターなんて着込んで」
「毛玉」
「今何月だと思ってるんだよ」
「今」
はあっ、と石間が溜め息を吐いた。ガムでも食べてたんだろう、ミントのツンとした爽やかな香り。
捻くり回した髪の毛の先を更にペッと弾いて、石間は机の角に頭を寄せた。
石間の頭のてっぺんは少し黒い。そろそろ染め直せよ。そんなんがわかっちゃう距離だ。
「そんなに近付くなよ」
「そんな場合じゃない」
「だって学校の机って、鉛筆の芯の臭いがするだろ。俺は嫌い」
「は? なっ、そんな場合でもねえだろ木野」
怖い石間は俺の腕をつかんで歩きだした。机と教卓の角に順番に脇腹をぶつけて、その間のどこかでシャープペンを落とした。
「石間」
「なに」
「もう先生が。課題が」
「そんなん、だから何っていうか」
廊下に出ても石間は俺の腕を掴んだままだ。
いやいや、まずいだろ。俺なんかが石間に触れてるなんてとこ見られたら。触れられてるのは俺だけど、人間力関係で見方はどうにでも変わってしまうから。
でもそれさえも今日はどーでもいいような気がした。
「石間、俺のかわりに心配してくれ。俺は今日どうかしてる」
「心配してるからこうしてるんだって」
保健室の前には売店がある。一年生の女子がこっちを見ている。
「見ろよ、まずいだろこれ」
「ああ見た。木野の顔色、真っ青なんだぞ」
「大袈裟な。そこまで思いつめてないよ」
「強がんなって。とにかく保健室入ろう」
石間は俺をいつもちょっと薄暗く感じる保健室に押し込んだ。
保健室に、なんて。二人で入ってくなんて、犯罪だ。秘密の花園だ。
「先生、木野が」
「まあっどうしたのその格好、ボロボロじゃない!」
「劇的みたいに言わないでよ、余計泥沼の昼ドラみたいじゃん」
白衣の"おねえさん"は眼鏡をギュッと鼻に押しつけた。
「この子なに言ってるの」
「まさか……木野」
「なんだ」
みんなしてうるさい。
頭が痛いのに課題をやっていなくって、うでが痺れて課題が終わりそうになくて。でもどーでもよくて。
「お前まさか、風邪引いたことないのか」
「いまそれ関係あるのかよ」
「まあまあ!」
脇に体温計を挿された。小学校でやったプール学習前の健康カード以来だ。
俺は初めて熱をだした。
普段から37℃の俺は、なにがなんだかよくわからなかった。それもまあ、どーでもいい。石間がカーテンの中でこっそり手を握ってくれたから。
ドラマのラストみたいに、俺はドキドキしながら眠りについた。心拍数が上がったのは、熱のせいだと思うけど。
熱は石間のせいだ。
でもそれも、どーでもよかったりする。