ブローディア夏
石間晃のケータイ番号とアドレスを持っていても使うあてがない。
今時、連絡網という便利なものは個人情報保護だとかいって抹殺されているし、そんな中得た連絡手段は貴重なのだと思う。
でも、掛ける用はこの先特に思い浮かばない。メールアドレスという物は得体が知れない。ウチには携帯どころかパソコンすらないから。
ボロいだけで無駄に生徒が多かった中学で使ったパソコンは、一人一台に当たろうが時間が足りず、ワープロの基本的な使い方をマスターしないまま終ったくらいだしな。
石間から得た情報はどちらも、俺にはデカい持ち物という事だ。
「木野」
「なに」
石間、だ。
ここ数日間よく話しかけられている気がする。それにしても妙な違和感てのを感じる。バス通学らしい石間が珍しく自転車に乗って俺の斜め後ろについたからだ。
「おっす」
「おはよう」
正にクラスメイトって感じだな。
気分良くペダルを踏み込む。石間が鼻歌交じりに追い上げて来て、隣りに並ぶ。
「そのチャリ、小さくない?」
おお、話しかけてしまった。
石間は苦い顔をして、母親のだから、と言い訳をした。
「定期切れてんの忘れててさ」
「じゃあ結構な距離走って来たんだ」
「6キロくらいかな」
6キロ離れて暮らしていても電話するあてのない男と、今面と向かって会話をしている。変なの。
グチャグチャな自転車置き場では自分のとめるスペースを探すのに必死になっていて、石間はその間に消えていた。
大勢の友達の中の誰かと連立って歩く姿が目に浮かぶ。
ああいう世渡り上手そうなやつは、真面目に生きている人よりもこういう隙間をうまく確保できるんだよな。なぜだか。
靴箱の一番下からいつもはみ出ている石間の靴を直そうとして、気付く。
適当に突っ込んだわけではなく、ただ単にサイズがでかすぎて入らないらしい。
「ていうか俺が直す義理はないよな」
ちょっと話したくらいで何調子に乗ってるんだ俺は。
石間の母親の自転車のカギ、キーホルダーが、レースのついた変なあみぐるみだった。うちの母さんも、あんなの持っていた気がするよ。
いや、だからなんだってわけじゃないんたけど。