ブローディア夏
「石間って、健康グッズマニア……」
「じゃねえって」
石間の補助バッグの中から出てきたのは、なんか良い香りのする袋だった。
女の子はこういうの好きだよな。ポプリとか、そういう系統のもの。
「これどうやって使うんだ? 入浴剤みたいに?」
「普通に、タンスの中に入れとけばいんじゃね」
「人ごとだな」
さっそく外のビニール袋を破って開けて、ハッとしてすぐに封をしめ直した。
疑問の浮かぶ顔で石間が首をかしげて、俺から袋をひったくる。
「あっ、おいやめろよ!」
「なんかイライラする。とっとと開けろよな」
それともこういうの嫌い? そう石間は聞いてくる。そんなわけない。石間の付ける香水も、石間が俺にくれたこの匂い袋の香りも、俺は好きだ。だから……
「あーっ!!」
「んだよ、うるせえな木野は」
「石間、俺の話聞けよ!」
「いや、聞かない。とにかくこれをタンスにぶち込め」
命令。なんだよ、また怖い石間じゃん。
俺は渋々タンスを開けた。イメージ的に、こういうのは下着入れに入れとくもんなような。振り返ると石間は真っ赤になっていた。
「ごめん石間、なんか凄い怒ってる」
「……怒ってないし。」
辺りは、匂い袋の香りが充満していた。石鹸のような花のような清潔そうな爽やかな香りは、石間の少しだけ甘い香りとは違うタイプのものだった。
「木野こそ、こういうのやっぱ嫌なんだろ」
「嫌じゃない。から……嫌だった」
なんて言ったら良いか分からなくて、俺は近くに落ちていた例の猫の枕に顔を押しつけた。
匂い袋の香りに消されて、もうあまり石間の匂いはしなくなっていた。大切にしてた香りだった。
石間はよく俺に物をくれる。
誕生日でもクリスマスでもないのに、確かに前言われたとおり貢がれてると言えばそうなのかもしれない。
「石間」
「なんだ」
布団に上半身だけを乗せて仰向けに寝ていた石間が、ゴロンと転がって俺の方を見た。そうするとまた、ワイシャツの隙間から鎖骨が浮き上がって見えるんだ。
「どうして男に、ああいうのあげようとか思ったんだ?」
「やっぱ……」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
「ああ、そりゃよかった」
石間は布団の上に胡座をかいている俺の膝を掴んで寄せて、鼻先をくっつけた。
変な感じ。
「木野の匂い」
「やめろよ」
「いいじゃん。この匂いがさ、あげたヤツで、あの香りと交ざんだ」
「え?」
「…俺らしかしらない秘密」
あ……。
石間の耳がまた赤くなった。俺にも移る。
「石間もやんの」
「なにを」
「すうって。思い出すの」
「すうっ…?」
俺も寝転んで、猫に頭を押しつける。ずるいと呟いた石間が俺の首と肩の間に顎を突っ込んで、すうってした。
「やるよ、俺も」
「そっか」
「やる用に同じの買ったし」
「……。」
石間は見掛けによらず、ファンタジー世界の住人だ。
知ってたけど。
「くくっ」
「なんだよ石間」
「……犯罪めいてる」
そう笑って、石間は俺を抱き締めた。
抱き締められたまま見つめられて、ついでに変なところでとどまっていた前髪の束を石間に指で退かされた。
石間は横になっても顔が崩れたりしない。やっぱり格好いいやつには重力までもが贔屓するってのか。
「木野」
「なんだ」
石間は結局俺の下の名前を呼びそうも無かった。あの嫌味な記念すべき一度だけで、ずっと"木野"だ。
それはホッとするようで、つまらなかったりもする。
「木野、ばか」
「は? 石間、へんだ」
「違う。木野がばかだから」
よく分らないが、石間は俺をばかだと優しく罵りながら目を細める。俺も近付いてくる石間の笑顔が眩しくて目を細めた。
「木野はほんとに男だよな」
「まごうことなきね」
「それは嘘だ」
「ばかは石間なんじゃん」
「違うんだってば」
眠るように目を瞑るから、俺もつられて瞼を閉じた。
そしたら石間にキスされた。
「木野はスキだらけだ」
「そうかな」
石間は俺の脇腹に腕を置いて、そのままでいた。
俺はもう一度抱き締めて欲しかったから、少し考えてから石間を呼んだ。
「………。」
「なんで向こう向くんだ」
「やっぱばか」
「え?」
「……もっかい言って、……下の名前で」
「うん、晃、くん?」
石間は俺に飛び付いた。
俺は普通なはずだ。