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しらとりごう
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novelistID. 21379
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ブローディア夏

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 小さなテーブルを挟んで座って、石間は俺の掬った冷麦に噛み付いた。
 だいぶ薄暗くなった部屋に少し水っぽい石間の白めが浮かんでるのが不思議で、その時、冷麦を吸い込もうともせずに石間が俺を見てるらしいことに気付いた。
 俺が自覚すると肘を突いたままフッと目を細めて。冷麦が口の中に吸い込まれていく。ちょっとはねた汁が口の端に水滴を作り、噛むついでに舐めあげられて、消えた。

「うまいな」
「それはよかった」

 俺はお握りを囓る。具はオカカだった。モグモグやりながらネギが食べたいと言う石間の口に汁から拾ったネギを突っ込んで、味噌汁代わりに冷麦を啜ってみたりして。

「なんで女子と約束あったとかなんとか、言い出したわけ」

 なんで知ってるのか、って事だよな。直接宣言されたとは言えないし。

「あんなに大きな声で騒いでたら、聞こえて来るんだよ」

 石間のギロっと向けられた視線に怯んだら、箸を持つ手を掴まれた。あ、冷麦ね。
 窓の外を睨むように見ながら石間が箸を舐める。舐めて、次、と命令する。

「はいどうぞ」
「どーも」

 旨い具合に乗っかったネギごと加えてツルツルと吸い込んでいく。ぼうっとしていたところに、石間は身を乗り出して俺の手から箸を抜いた。

「俺な、あの女子嫌いなんだよ」
「可愛いのに贅沢だな」

 あ、また口が滑った。石間が舌打ちした。

「おま、そゆこと言うか」
「俺も一応男だし」

 喧嘩を売ってる気は、しないでもない。女子にモテる石間に嫉妬して、逆に嫉妬させてるとかいう偉そうな自覚もないわけじゃない。

「石間に釣り合う人って、どんな奴なんだろう」
「なに言ってるの木野。釣り合うとか。」

 石間はテーブルを退けた。石間の部屋より気持ち程度広い俺の部屋で、石間は座っている布団の横をポンと叩いた。
 でもその隣りに、座る勇気はない。

「釣り合うとか釣り合わないとか、分かんねえけど。好きだから、それだけでいいじゃん」
「それはこっちのセリフだし」
「はあ?」

 石間が怖い。そう思った。
 格好よくて、ちょっとだけ素行が悪くて、でもそれほど成績が悪いってわけでもない。モテる要素でできてる男。

「俺は石間が好きだけど、それだけだから駄目なんじゃん」
「駄目とか良いとか、決めるのは俺だ」
「だと良いけど」

 俺は学習机によしかかろうとして、できなかった。石間が引っ張るから。

「誰に何言われた?」

 石間の胸の中に、俺、いるんだ……。忘れかけてた香水の香りが胸に染み込んで来るようで苦しい。

「全然誰にも何も言われてないよ」
「嘘」

「くるしい」
「え?」
「好きだ、石間」

 石間は笑いながら、力を緩めずに頭を撫でてきた。

「俺も苦しい!」

 苦しくて嬉しくて、そのまま、眠ってしまった。


「木野」

 石間が俺の名前を呼んで頭を撫でてくれている。手が届く位置にいて、背中をぽんぽん叩かれた。そのままやさしく上下する手はゆっくり降りていって、柔らかく腰を掴む。ジンワリ温もる手のひらに腰を押しつけるようにくねらせて、そんで……。

「木野、おはよ」
「っうわあー!」

 石間が、いた。

「えっ、なんで? なんでだっけ? ここウチ?」

「あー大丈夫大丈夫。ここは木野んちで、俺は昨日泊まったの。布団もふた組み敷いてもらって」

 ふた組み敷いて、この至近距離?!

「ああホラ、俺も一応男だから」

 石間はいつか見た寝癖頭で……あれ、整髪料は。

「風呂も借りたよ」
「俺どうしてたんだっけ」
「木野はぐっすり。よっぽど疲れてたんだな」

 最悪。格好悪い。石間が泊まる手続きをウチの親や石間の親としてる間、橋渡ししなきゃなんない俺が、寝てたなんて。
 しかも、『お泊まり』。
 まだファーストキスを済ませたばかりの俺でも男として漠然と夢見みないわけじゃない、お泊まりは儀式みたいなもんでして……。

「かっこわりぃ……ごめん」
「ん? いや? 退屈しねえわ、寝言とか言ってたし」

 うわ。もしかして、ん? さっきの石間が夢なら、もしかして、エロいこととか言ってないよな??
 今日が土曜日なのをいいことに、石間はふんわり膨らんだ髪を掻いて、俺にかぶさってきて。

「石間、離してくれ」
「んー?」
「なんかヒワイだから」

 やっぱイイワ〜と笑って、石間は俺を抱え込んで寝てしまった。
 今日は午後から講習あんのに、もうなにもかも手に付かないくらい一日分の力を使い果たした気がするよ、石間クン。

作品名:ブローディア夏 作家名:しらとりごう