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しらとりごう
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novelistID. 21379
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ブローディア夏

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「イルカ、好きなんだ?」

 石間がそれだけ呟いて、真っ白な汚い黒板を丁寧に消し始めた。
 黒板に向かう途中俺の席の脇を通るとき、開いたままのペンケースに、じゃらりと何かが放り投げられて。
 イルカ。多分、ポストカードを見たんだろうな。
 イルカは好きだ。海の写真も好きだ。ヤケにリアルなファンタジー風のイルカを描くイラストレーターがいるけど、余計なことはしなくていいのに……と苛立つほどに、海の生き物たちの写真が好きだ。

 黒いペンケースの中は必要最低限のものしかない。モノトーンが基本で、赤ペンとラインマーカーだけの色彩の中に、見慣れない白いものが入っていた。
 いま石間が入れてったやつじゃん。
 ドキドキした。久々に悪いことを共有したような錯覚を覚えながら、外には出さずに中を覗き込んで見てみた。

「イルカだ」

 白い、貝殻でできているらしいイルカのブレスレットが……

「石間」

 声を掛けたら石間はゆっくり振り向いて、ニコりともせずにまた背を向けて、黒板消しをクリーナーにかけ始めた。ブイーンと何度か粉が舞い上がった。次に振り返った時、あげる、と唇が動いたのが見えた。

 ああ、好きだ。
 イルカも、石間も。

 今思い返せば、ギャルたちが休み時間ごとに押し寄せて来るのも石間と連立って下校するのも、今に始まったことじゃない。
 太ももを俺のまえで露出してた子とその友達は、何度もやんわり断られた後で、仲間の男子に取り入って、結局石間の賃貸マンションに押しかけることにしたみたいだ。
 この事態を見たくないから早く帰ろうと思ったのに、今日は委員会があるんだ。ひとりで、またプリントを貰って来て、明日配付する。

 石間が飲んだらしい午後茶の黄色いパックの横に、同じ模様のパックが並んで捨てられてるのが目についた。
 ストローの先にピンクのラメが張り付いてるのが気に入らなくて、俺が体育の後に買った色違いの午後茶をその間に割り込ませた。
 でも、色が違う。

 石間とは特に何も話すことがないまま、今日が終わる。

 グランドの脇を通って自転車置き場に向かおうとして、コツンと当たったサッカーボールに目を向けた。
 遠くで先輩らしき人が手を振っていて、俺は無意識にそのボールをグランドに向けて蹴っていた。

「痛っ!?」

 ボールは弧を描いて無事に茶髪集団の中に吸い込まれていく。

「どうした」
「石間…」

 足首に走った激痛にしゃがみ込んだら、俺は背後に迫る石間によって、影の中にすっぽりおさまるはめになった。
 暗くて患部が見えないが、何となく分かって、俺は立ち上がる。

「木野、怪我したのか」
「いや、慣れないことしたから、変なトコで蹴ってたみたいだ」

 腑に落ちない、という少し冷たい視線が降りて来て。

「おいやめろよ」
「いいから。心配かけんなっつの」

 石間は俺の足元に屈んでズボンを引っ張り上げた。
 勘弁してよ……。

「えっ……」

 足首には、血が滲んでいた。

「靴下の中にブレスレットしてたのを忘れてたから……」

 白いイルカが真っ赤になって、石間の耳も同じくらい赤くなっていた。

「今日は女子と予定があったんじゃないのか?」

 言ってから後悔した。俺が塀の脇に自転車を押し込んでいる横で、石間の口許が歪んだから。

「予定があってもなくても、来たいから来たんだ」

 文句あるかよ。石間は携帯に何かを打ち込みながら掃き捨てるように言った。
 突然ウチに来たいと言った石間を自転車の後ろに乗せた。流石に友達が多い奴は立ち乗りにも慣れているらしくて、複雑な気分になった。俺はいまだに自転車の後ろに立てないんだけど。
 おまけに掴まれてた肩がすっごい熱いんだけど。

「進二郎おかえり、アラッ」
「石間っす。お邪魔します」

 目を輝かせた母親にそっけなく頭を下げただけなのに、格好いいやつってのは……なんだよ、もう。
 今日は手抜きだからと手渡された冷麦とお握りを受け取って部屋に入ると、石間は敷きっ放しの布団に倒れ込んだ。

「石間? 取り敢えず食おう」
「ん。」

 流し目ってやつで見つめられた。奥二重が強調されて、すごく……言ってもいいのかな。色っぽかった。

「石間、そういや具合どう。食えんの?」
「食える。……いや食えない」

 はあ?
 箸を手渡して固まった俺に、石間はニヤリと笑った。

「食わしてよ。」

作品名:ブローディア夏 作家名:しらとりごう