ブローディア夏
授業中に雑談する先生は、嫌いじゃない。
「…進二郎……」
歴史の先生は自習時間の間、名簿を眺めてぽつりと言った。
勉強なんてこれっぽっちもやる気のないクラスメイトは揃って顔を上げただろうけど、俺には見えない。俺を凝視しているようで、皆が見ているのは俺の目の前にそびえ立つ教壇の教師だ。
「木野はまた渋い名前だなあ」
今度こそ俺に視線が集まったのを背中に感じる。たまに浮上するこの手の話題は苦手だ。だいたい俺の下の名前なんて今の今までみんなしらなかったんだから。
俺は先生に視線を合わせただけで、何とも言わなかった。っていうかなんて返せば良いか分らなかったから。
「なんか由来でもあるのか?」
この質問に対しては曖昧に答えると色々面倒だってのは今までの人生でわかっていたから、聞かれる前に充分な答えを言ってシャットアウトするに限ると思う。
自慢したいなら別だけど。
「代々こうなんです。俺は4代目だから『し』が付くんです」
「4代目」
「父さんが『三二郎』、じいちゃんが『仁二郎』、ひい爺ちゃんが……」
あ、失敗だ。やめときゃよかった。
先生は俺が危惧したとおり、ひい爺ちゃんの名前を当てようとクラスメイトに話を振りだした。みんなして、なんとか二郎、なんとか二郎、って……
俺は答えず、チャイムと同時に教室を出た。ひい爺ちゃんの名前はまず当てられっこないし(ちなみに祖二郎)。
新学期に入ってから二日目の今日まで、石間は学校を休んでいた。
注目されるだけでもウンザリなのに、石間がいない時にクラスが盛り上がったってしょうがないじゃん。石間以外に名前を連呼されたって意味がない。
そんなわけで昨日の歴史の授業からこっち、調子づいた連中から下の名前で呼ばれるようになった。
ハッキリいって今まで苗字でさえ呼ばれたことのない人達なんだけど、これって俺がもし気の弱すぎる奴だったら苛めだよな。俺は鈍いから、どこかどーでもいいとか思ってる。でも、そろそろやめてほしいとも思ってる。今日は石間が登校してるから。
昨日お見舞いに行く計画をたてていたクラスのギャルが、俺の机に座って笑った。
「やっぱり昨日のお粥が効いたんだー」
石間の家で料理なんかしちゃったのかよ。このスカートより露出した太ももの面積のが広い人は。
「進ちゃーん」
「…は?」
進ちゃ……
「私、今日も石間くんち行くんだー」
へえ。
反対側からはクラスのイケメン集団が俺の名前を連呼する。宿題? 悪いけど俺、当たらない所はやらない主義なんだ。
面倒になって席を立つと、イケメン集団の中に石間がいるのが見えた。何か言いたそうだったし俺も言いたいことがある。でも言葉にならなくて、トイレに逃げるしかなかった。
三好は俺に同情して、昼飯前の間食に菓子パンをくれた。